- ナノ -

キスマーク




 それを見た時思わずぎょっとした、何がってランランの首元についている赤い痕のこと。今は雑誌の撮影のために控え室でメイクさんを待ってるところで、今日の撮影はぼくとランランと二人だけだからここにはぼくら以外の人はいない。さっき伝え聞いた話によると前のグループの準備がおしているようでまだもう少しかかるらしい。目の前のパイプ椅子に座ってテーブルに肘をついて雑誌を読むランランの首元にくっきりと見える赤い痕は白い肌にぽつりって存在を主張していてなんとも艶かしい。まるで情事の雰囲気を窺わせるようなそれに頭を抱えたくなった。

「ランラン、それ」
「は?」

 ぼくの言葉にランランが訝しげに雑誌から顔を上げてぼくを見る。やっぱり目立つ赤い痕は心なしか中心が膨れているようにも見えて昨夜のぼくはまさかまさか、噛み付いたりなんかもしたのだろうかと血の気が引くのが分かった。確かに昨日の夜は二人でぼくの家で宅飲みをしてから酔った勢いでいつもより激しくセックスをしたような気もしている。記憶が曖昧なのはきっと普段よりもハメを外して飲み過ぎたから、おかげで今朝起きたときは二人でトイレを奪い合う羽目になった。でも吐いたおかげでぼくもランランも顔色は元通りだし二日酔いも軽度で胸を撫で下ろしたのがつい三時間ほど前。

「なんだよ」
「その、えっと」

 煮え切らない態度のぼくにランランの眉間にはシワが寄っていく。それを眺めながらも酸素を求める魚のように口を開いては閉じて、開いては閉じて繰り返していればランランの視線は雑誌へと戻る。ぼくから興味をなくしたのか、それきり何も言うことのなくなったその態度が寂しくて。つい、と向かいにいるランランの隣へと回りこんで床にしゃがみ込んで彼を見上げれば。ちょうど雑誌を読むために視線が下を向いていたおかげか、かちり、って絡むのが分かって口元が小さく緩む。そんなぼくにランランは呆れた様子でため息を零す、雑誌を閉じてぼくに向かい合ったランランは視線だけでさっきの続きを促して見せた。

「首元、ごめんランラン……ぼく結構酔っ払ってたとは思うんだけど、その、見えるようなとこに…ごめんねっ」
「は?」
 勢いよく謝れば数秒間の沈黙。小さく返されたそれにランランの首元に手を伸ばして指で差し示せば指先でその痕に触れてみたランランはぼくの顔をじっと見て、それからなぜか、おもいっきり吹き出した見せた。
「おま、ばかだろ…これ、キスマークだと思ったのか?」
「え、違うの?」
「虫刺され、昨日の夜蚊が一匹いたんだよ部屋に」
「え、まじで?」
「その証拠にてめぇのほっぺたも赤くなってんぞ、おれはンなとこに痕なんかつけねえしつけるなら噛み付くっつの」

 妙に機嫌のいい声音で笑いながら言われて、そういえばさっきからほっぺたがむずむずしたなあと思い出す。ばーか、って。ランランに頭を軽く叩かれて二人してばかみたいに笑ってたらドアの外からスタッフさんに名前を呼ばれた。



‐End‐
20130605.