- ナノ -




「ひゃー…今日もくっきりだなあ」
 カーテン越しに射し込む朝焼けの光に僅かに赤く染まった寝室に響くぼくの声。クローゼットに備え付けの姿見で肌が剥き出しの背中を首だけで振り返って眺めればそこには痛々しいくらいの赤い痕。みみず腫とでもいうのか、何本もの引っ掻き傷は背中と、肩口に集中して幾重にも重なるように肌に色を乗せていた。ちらりと、毛布にくるまって寝息を漏らすランランを窺えば毛布の隙間から見えた首もとにはぼくのとはまた異なる種類の赤い痕。引っ掻き傷と鬱血痕。似ているようで全く性質の違うそれを互いの肌に刻むその行為に何の意味があるんだろう。なんて、そんなことを考えたのは昔の話。今はただひたすらに何本も、何本も消える度にその痕を刻み付けてと願う毎日。病んでる? 滅相もない、ぼくの精神はいたってまともだ。
「ランラン、好きだよ。今日も愛してるから」
 呟いた言葉は果たして彼に届いただろうか。届かなかったとしても、それはそれでまた彼の意識がはっきりとしているときに伝えれば済む問題なわけで。とりあえずと眺めた時計は起きる予定の時刻まではまだまだ余裕がある。苦しくないように、毛布に埋もれるランランの呼吸を楽にする形で体勢を整えてやれば毛布の代わりとばかりに腕に絡み付くランランの白い、白い腕。
 きゅ、と。寒さからか身体を寄せる姿に胸が一回跳ね上がる。シーツに触れた肌にぴりりと刺激が走ったけれど、それすら愛しいと思うぼくはやっぱり少し病んでるのかも知れない。かといって普通の精神状態、というものが何を指すかだなんてそんなことはもう忘れたから。今はただ、胸元をくすぐる小さな寝息を漏らす君をこれから先も隣で見つめ続けたい、そう願うだけだ。
「大好きだよ」
 小さく小さく、ランランを起こさないようにと囁いたその言葉。決して聞こえているはずはないだろうに、けれどもぼくが言葉を贈った直後に絡まる腕の力が僅かに強まった気がするのは、きっと―――。



‐End‐
20130430.