- ナノ -

満月





 満月だな。ぽつりって呟かれたその言葉は隣を歩くランランから届いた。それまで黙りきりで、ぼくが話した内容に相槌を返すだけだったランランからの言葉にぼくの心臓はどくり、と音をたてて跳ねるのがわかる。


「…うん、満月だねえ」
「久しぶりに見た、ずいぶん低いな」
「ね、月がおっきい」


 ぼくの言葉にランランが頷きを返してくれたのを最後にぼくらの間には会話がなくなって、けれどもお互いに脚を止めてその場に立ち止まって満月を見詰めていれば言葉はいらないな、とか思っちゃう辺りこの夜に酔ってるのかなって。周りを見渡しても人通りの少ない路地だからここにはぼくとランランの二人きり。そんなことを不意に実感すれば胸がぎゅうって苦しくなる、そっかここにはランランとぼく、だけ。


「ねーえ、ランラン」
「……どうせまたくだらねえこと考えてんだろ」
「う、…違うよっ」
「なら何だよ、」
「手、繋ぎたいなあって……ほ、ほら暗いし見えないし」
「…ん、」


 小さい呟きと一緒に差し出されたのはランランの左手。電灯の少ない真っ暗な路地で目を凝らしながらもランランの顔とを見比べればぼくの顔を見てランランは不思議そうに瞬きをして見せる。繋がねえのか、だって。未だ行動に起こさないぼくにランランはそう言えばぼくの右手を引いてそっと指先を絡めてくれた。


「ランラン、えっと、……」
「繋ぎたかったんだろ」
「…うん。ねえランラン、今日なんだか優しいね」
「さあな、満月が綺麗だからじゃね」


 ひひって笑ってくれるランランにぼくの心臓はとくりとくりって音をたてる。さっきからランランのおかげでぼくの血圧は上がりっぱなし、頬が熱くて熱くて、倒れちゃいそう。


「なあれーじ」
「なあにランラン」
「月が綺麗だな」
「……ふふ、ぼく死んでもいいかな」
「おまえに死なれちゃ困る」


 ぽつりぽつりって行き交う優しい言葉に頬が緩んで仕方ない。ちらりって見上げたランランは珍しいくらいに柔らかい笑みを浮かべているから、余計にきゅうって胸が苦しくなる。

 ねえランラン。好きだよ、きみが大好き。ぼくが今それを伝えたらきみはなんて返してくれるかな。


「ねえランラン、ちゅーしたい」
「…うち帰ってからな」


 ぼくの言葉に髪をわしゃりって撫でてくれたランランの手をとって直ぐ側の裏道に引きずり込む。ぐい、って手を引いて指先を絡めて。体勢を崩したランランの身体を空いた片腕で抱き止めて荒々しく唇を重ねる。びっくりしたように、至近距離で目を見開くランランが何でかすごく新鮮だったからそれすらも逃がしたくなくて何度も角度を変えてランランの唇を味わった。はあはあってどっちも息を荒くしていればべしってランランに頭を叩かれて。


「……痛いよランラン」
「ばーか、うち帰ってからっつっただろ」
「…だってランランが可愛いから、」
「ったく、」


 言葉こそそっけないくせに、ランランってば相変わらず柔らかい表情だから。今夜はほんとに幸せだなあって嬉しくなった。







満月
(ランラン好きすきー)
(……おー)
(ランランはー?)
(おれも好きだっつのばーか)
(……へへ、)
(ったく、)

‐End‐
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20130131.