- ナノ -




 那月の代わりにこいつとケーキバイキングに来てはや30分。確かラストオーダーは開始から一時間後のはずだったからまだまだ時間はある。俺の向かいに座る藍は特に急ぐわけでもなく淡々と食べては持ってきて、食べては持ってきてを繰り返していた。さして何かを話すわけでもなく、互いに口を開くのはケーキをはじめとした甘いものを食うか、運ばれてきたドリンクを飲むため、会話は一切ない。


「ねえ、ボクの顔ばかり見てないで食べたら」
「別に、見ちゃいねえよ」
「嘘吐き、さっきから飲み物ばかりのくせに」


 見てたのか、とは言わなかった。きっと俺の意識が他に向いてる隙にこいつは俺の皿の中身を確認しただけの話だろう、15歳にしては随分と頭が回る奴だからそんなことは造作もないはずだと納得する。そういえば、15歳といっても単に設定上15歳というだけで中身はスパコンなのかと、改めて思い直したのもまた同時だった。また見てる、と聞こえたのはそれから直ぐ。言い逃れする気もしなくて皿に適当に取ってきたシュークリームへと手を伸ばせば何故かその腕を掴まれる、正確に言えば手首を。


「……なんだ、」
「ねえそれ、ボクがさっき取りに行ったときには無かった種類だよね」
「それがどうした」
「ねえサツキ、ボクが食べてあげる、それ」


 口を開く前に藍が身を乗り出して俺の手から直接にシュークリームを奪っていく。何か文句を言う間もなく、俺の手から消えていくシュークリームは今じゃ藍の口の中。スパコンのくせして物は食うんだなと今更なことが頭を過ぎったのも束の間で、瞬きを数回繰り返した藍は手首を掴んだままだった俺の手を離すことなく引き寄せて見せる。離せ、と言葉を発するよりも早くにシュークリームからはみ出て俺の指先に付いたままだったカスタードクリームへと舌先を伸ばす。そのまま赤い舌先は俺の指に付着したクリームをバカ丁寧に取り除いていって、そんな藍を止める術も無くただ呆然とその光景を見守ったまま動けずにいる俺を周りのテーブルの奴らがどんな顔して見てたかなんて考えたくもねえ。


「あれ、顔が真っ赤だけど熱でもあるんじゃないの」
「…うるせえよ」
「ふうん……ああ、これ、ご馳走様」


 言うと同時にさっきまでクリームが付いていて今は綺麗にそれが取り除かれた右手人差し指を、ちゅ、と軽く吸われる感覚に頭はくらりと揺れる。ほら、まだ時間はあるんだからサツキも何か食べたらどうなの。俺の手を開放して、何事もなかったかのように席に腰掛ける藍の顔を見れずに、暫くはケーキの並べられたショーケース付近をうろつく羽目になった、そんな午後3時15分。




(咥えられた指先に触れる粘膜が熱い、柔らかいそこは人間と変わらなかった)
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