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・何でもない日常 ・優乃ちゃんがヤクザを従えているというツイートより その日、優乃は下の双子である大樹とクリアを迎えに小学校まで足を運んでいた。 家から学校へはそこそこに距離がある。 毎日というわけにもいかないが、可能ならばまだ幼い兄弟には目の届く範囲にいてほしいという気持ちがあった。 そのため都合の合う日にはこうして迎えに来ることが度々あるのだ。 かといって教室まで踏み込むのも気が引けるもので、校門の前に背を預けるようにして立つ。 放課後の今、自分たちより小さな子供たちが元気良くすり抜けていくのを見ているのはなかなか微笑ましい。 そうやって待っていると――見慣れた小柄な姿が見え、優乃は一歩前に踏み出した。 と。 「おい、お前の姉貴ってヤーさんなんだろ? こっえーよなぁ」 弟――大樹の友達、だろうか。 大樹を背後から追う形でやってきた少年がそう茶化すように――さらに言うなら馬鹿にするように――声をかけ、優乃は反射的に足を止めた。 「……」 優乃がいわゆる裏稼業ともいえる者たちと知り合いなのは嘘ではない、紛れもない事実だ。 それを優乃は後悔していないし、するつもりもない。彼らには彼らなりの、そして自分には自分なりの誇りが、流儀がある。 しかし、そのせいで大切な家族が理不尽な中傷や扱いを受けるのを容認するほどの寛容さは――ない。 もし、自分のせいで弟たちがいじめられるようなことになれば……。 優乃はそっと視線を戻す。 突然言われた大樹は意味が分からなかったのだろうか。 しばしポカンとし、それからやはり表情が気色ばみ――。 「はあ!? 優乃姉はもっと強ぇし怖ぇよ! バカにすんな!」 「えっ……」 ……。 …………あれ? それは、優乃にとってはもちろん、からかった少年にとっても意外な反応だった。 「あ、あのな大樹。おまえ、ヤーさんの意味わかってる?」 「へっ? え、えーっと?」 「あー……うん。やっぱわかってねぇのな。あれだよ、ヤクザ。ヤーさんってのはヤクザのこと」 やれやれとため息をつきながら少年は大樹に補足する。 その態度から、意外と彼らは仲がいいのかもしれないと優乃は思い直し始めた。 先ほどの物言いも、中傷というより、仲のいい気軽さからくるちょっとした軽口だったのかもしれない。 「やくざ……あぁ、たまに優乃姉に会いに来るおじさんたちのことだろ? だから優乃姉はあいつらより強いって! あいつら、優乃姉に頭下げてたもん」 「……なあ、おまえの姉貴マジで何者だよ」 「それにすぐ牛乳持ち出してくるんだぜ、怖くねぇ?」 「そこかよ!? 怖くねぇよ! むしろそれおまえに対する優しさだよ! おまえもっと飲めよチビなんだから!」 「はあ!? 裏切り者ぉ!?」 「そもそも手ぇ組んでないし!」 「騙したな!?」 「何がだ!?」 ぎゃあぎゃあと校門の前で騒ぎ始めた彼らは無駄に目立つ。 何人かの下級生は不思議そうに、はたまたおかしそうにクスクスと笑いながら彼らの横を素通りしていく。 優乃は額に手を当て、自分でもよく分からないため息をついた。 ああ、全く。 「とにかく優乃姉は――」 「なんだ、呼んだか?」 さすがにそろそろ止めねばまずいだろうと歩み寄ると、大樹はパッと振り返り、「優乃姉!」――満面の笑みである。 一方、横にいた少年は「ひっ……」と優乃自身が何となくかわいそうに思うほど思い切り引きつった声を上げた。 「あ……と。君は、大樹の友達か? 私は大樹の姉で――」 「い……! あ、あのっ……」 バッ 「ああああ姐御さま! すっ……すみませんでしたぁあー!」 少年が勢いよく腰を九十度に折り曲げたかと思えば、こちらが反応するより早く猛ダッシュで逃げ去っていく。 「……」 ちょっと傷つく。 しかし大樹が「変な奴ー」と全く気にした風もなく言うものだから、優乃も馬鹿らしくなって考えることをやめた。 何やら勘違いされているような気もするが、大切な者たちが分かってくれるなら――それで、いい。 「ところで大樹。クリアはまだか? 一緒じゃないのか?」 「んぁ? あー、なんか職員室に呼ばれてた」 「またか……」 「あいつもこりないよなー」 「大樹も人のこと、言えないだろうが」 「お、オレは今日何もしてないぜ!」 「今日は、だろ?」 「うぐっ……」 自覚があるのかないのか、あからさまに視線を泳がせる大樹。 優乃は軽く肩をすくめ、それから小さく苦笑した。 「そうだ。クリアも来たら、買い物をして帰るか」 「ん? 夕飯?」 「ああ、シヴァが材料が足りないと言ってたからな」 「それ聞いたらなんかハラへってきた!」 そんな他愛のない話をしながら、優乃は妹、クリアが出てくるのを待つ。 今日も今日とて、大切な者たちと、大切な家族のいる家に帰るために。 【お姉ちゃんは姐御さま】 (ところで牛乳は、どれくらい買って帰ろうか)
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