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・山も谷もない風景描写 ・日常 ・あずさん著【お姉ちゃんは姉御さま】のちょっと前のお話 「あ…材料が、足りない…」 台所で夕食の準備をしていたシヴァは、冷蔵庫の中を見てつぶやくように言った。 「足りないのは…じゃがいも、にんじん、たまねぎ……と、あと牛乳」 ひとつひとつ、冷蔵庫の中に残されたものを指差しながら、料理の材料として足りないものを右手に持ったメモ帳に書き込んでいく。そして、10行ほど書いたところでその手が止まり、 「……そろそろ大樹とクリアが帰ってくる。急がないと…」 またつぶやくように言って、調理台の引き出しを開き、中から折り畳まれた買い物袋を取り出した。シヴァが愛用している、黄緑の生地にオレンジのラインが特徴的な買い物袋だ。その買い物袋とレンジの上の財布と手に持っていたメモ帳を、椅子に掛けられていたショルダーバッグに入れる。 そしてそのショルダーバッグを肩から提げて、さきほどの言葉とは裏腹にあまり急いでいる様子もなく、シヴァは台所を後にした。 時間は午後4時。外は季節柄、いまだ太陽がじりじりとアスファルトを熱し、真夏にふさわしい温度だった。 シヴァが玄関の戸を開けると、サウナのごとく熱された空気が一気に家の中に入ってきた。 「うー…あっつ…」 いつも穏やかな笑みを絶やさないシヴァの表情も、さすがに歪む。 しかし、ここで買い物をあきらめる訳にもいかず、シヴァは一歩戻って後ろを向き、冷房で冷やされた室内の空気をできる限り吸い込んで、「よし…!」と一言意気込み、次の瞬間には外へ飛び出して、玄関の戸を強く閉めてガレージへと走った。 ガレージの中は、外よりも幾分涼しかった。そこに駆け込んだシヴァは一度大きく息をついて、ガレージの中心に堂々と止められている、純白のフォルムに身を包んだバイクに近寄った。 シヴァは右肩に掛けていたショルダーバッグの紐に首を通してそれを斜め掛けにすると、バイクのハンドルにぶら下がっていたゴーグルを頭に装着し、バイクのボディにまたがる。 そこからは無言だった。手際よくバイクのフロントのメーターを確認し、左右のハンドルの動きを確認し、そして最後に、エンジンをかける。マフラーから轟く太い音がガレージに、そして家の近所に響いた。 そのエンジン音が急に大きくなったかと思うと、バイクは真夏の炎天下に飛び出していた。走り出しからアクセルを全開にし、道路に出たシヴァは片足を軸にバイクを90度回転させ、急カーブを物ともせずステップを踏むように軽やかにクリアすると、体制を立て直したバイクはさらに速度を上げて、あっという間に走り去っていった。 道路を走って数分。シヴァは商店街の裏にある駐車場にバイクを止めて、ゴーグルをはずした。 風で少し乱れた銀の髪を、頭を軽く振って直す。そして、バイクから降りようと片足を地面から離す。 だが、そこで見覚えのある人物を発見し、シヴァは動きを止めた。 八百屋付近の道端で、十数人の男を従えるようにして凛々しく立っている赤髪の女子高生。そしてその視線の先には、柄の悪い男の集団が行く手を阻むようにして立ちはだかっていた。 「あれ…?優乃…?」 その女子高生、もといこの町のヤクザを従えているのは、他ならぬ妹の優乃であった。 その事実はシヴァも随分と前から知っていたが、その光景を見る限り、あまり穏やかな様子ではなかった。 「姉御…っ、こ、こいつら隣町のヤクザですぜ…」 「おうおう、この町のチンピラ従えてんのが、こんなお譲ちゃんとは驚きや」 優乃の背後で彼女の部下のひとりが少々弱気な声で言う。対する隣町のヤクザのボスと思われる男は、皮肉まじりの笑みを浮かべて、自信満々の態度を示した。 彼らの目的を優乃はわかっている。おそらく領地を広げるために、この町までやって来たのだ。人数も圧倒的に相手のほうが勝る。だが、だからと言って黙って明け渡す訳がない。 「さっさとこの町から消え失せろ!」 一喝。優乃の低く鋭い声で、相手側の数人が身動ぐ。しかし、ボスはまったく怯む様子がなかった。 「あぁ?なめた口利くやないか?ワイたちの恐ろしさ、思い知らせたるわ!」 男のその声を聞いて、隣町のヤクザは一斉に構えた。優乃たちも戦闘を予感して身構える。 そして、 「野郎共、このなめたアマと雑魚どもをやっちま――」 男が優乃を指差してそう言いかけたとき、突如その男が優乃の視界から消えた。優乃たちは全員「えっ?」という顔をした。男のかわりに、白い何かが相手側の集団の中に現れた。 そして耳に残った「げぶぉほっ!!」という、男の叫び声。 ヤクザたちの中心に現れたそれは、純白のフォルムに身を包む、優乃にとっては見慣れたあのバイクだった。 ちなみにあの自信満々の笑みを浮かべていた男はというと、そのバイクの前輪に見事に弾き飛ばされ、広い商店街の道の真ん中を越えて、さらに反対側の端まで飛んでいっていた。 「お、お頭ーーー!!」 「だ、大丈夫ですかお頭!?」 「て、てめっ、いったい何の真似だぁ!?」 相手側のヤクザたちが数人、バイクに跳ね飛ばされた男のもとに駆け寄り、残ったうちの一人がバイクを運転していた少年に怒鳴るように、叫ぶように、そう言った。 「え?ああ、ごめんごめん。邪魔だったからつい、ね」 その運転手は、ヤクザたちの今にも殴りかかってきそうな形相に恐れ戦くどころか、逆にさわやか極まりない笑顔を返してそう言うのだった。 バイクに乗って現れたこの無茶な少年に優乃は呆れた。いつもこうして常識破りな行動を起こす。 「はぁ…またお前は…」 「ん…?なに、優乃?」 シヴァはいつもと変わらない穏やかな笑顔を優乃に向けた。まるで緊張感がない。 ヤクザの集団の中にバイクで突っ込むという挑発的な行動をしておきながら、不気味とも言える余裕を見せているシヴァに、相手側のヤクザもなかなか手を出せずにいた。 そうやってお互いが冷戦状態となっている間に、さきほど飛ばされた男が部下に肩を借りて戻ってきた。 「やってくれるやないか…。こないなことして、ただで済むと思ってるんやないやろなぁ?」 相変わらずの皮肉交じりの笑み。だが今度のその表情には、明らかに怒りも含まれていた。 相手側の敵意が、一気にシヴァのほうへと向けられる。その敵意を感じ取ったのか、シヴァの表情にも少し真剣な色が見え始めた。ヤクザの集団に手を伸ばせば届く、それほど接近しているのだ。一斉に攻撃を仕掛けられれば、それこそ常人なら一溜りもないだろう。そう、常人なら――。 緊張感が張り詰める沈黙。そしてその沈黙を打ち破るように、不意に声を張り上げながら男はシヴァの顔面めがけて拳を振り上げた――が、放つ寸前でその腕が止まる。 周囲のヤクザたちも殴りかかろうとしたところで、一斉にそれを止めた。 男の目の前、それはもう文字通り目前に、大経口のリボルバーが突きつけられていたのだから。 バイクのハンドルから手を離したシヴァは、銃を持った左手を命一杯伸ばし、男に触れるか触れないかの微妙な位置で、その凶器を構えていた。 「悪いんだけど、僕、暴力に冗談とかないから…」 「チャ、チャカやと…ッ!?しかもそんな大経口な代物、どっから…ッ!!」 「その質問には、答えなければいけませんか?」 恐怖に戦いて腰を抜かしてしまった男に対し、シヴァはまったく表情を変えることなく男に銃口を向けている。ぴたりと合わせられた標準は使い手の手のブレはおろか呼吸すら感じさせないほど微動だにせず、外させる要因はもはや皆無である。その圧倒的な迫力に、男はすでに抵抗する意思さえ失っていた。 「ひ、ひぃいいい…!や、野郎共……」 男は震えながら、やっとの思いで今にも泣き出しそうな情けない顔を自分の部下たちに向け、 「全っ速っ力で逃げるんやぁあアアアアアア!!!!」 大声で叫んだ。途端に、まるで金縛りが解けたかのように隣町のヤクザたちは全員悲鳴を上げながら走り出し、散り散りになってその場から一人残らずいなくなった。 「シヴァ…お前、それは街中で使うなってあれほど…」 「あはは」 相変わらずの笑顔で、楽しそうに笑うシヴァ。そのまったく懲りていない様子にさらに優乃は頭を抱えたくなる。 「優乃」 「なんだ…」 「今から大樹たちの迎え?」 「ああ、そのつもりだが…」 「買い物、ついでにお願い。僕は疲れたからこのまま帰るね」 「は!?って、おい!!」 そして、一方的に喋り一方的に持っていた荷物を優乃に押し付けると、シヴァは優乃が呼び止める暇もなくバイクにまたがり、エンジン音を轟かせて走り去ってしまった。 「あ、姉御……つかぬことを聞きますが…あの人は…」 「……」 部下の質問に、優乃は答えなかった。他人のふりをしたかった。ただその一心で、優乃は無言を貫き通した。 しかしその後、優乃の家を訪ねてきた部下たちの前に現れた、エプロン姿の彼の姿に、部下たちが恐れ戦いたのは言うまでもない。
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