「こんな時間から活動するなんて、さすが速すぎる男だね」

 静かに水平線を見つめている背中に語りかけても返事はなく、こちらを振り返ることすらしない。もうすぐ太陽が顔を出そうとしている空はうっすらと明るくなり始めていて、街灯の明かりに頼らなくても顔の輪郭をとらえることができる。いつもはゴーグルで隠されている目元が露わになっているというのに彼の表情からは何も読み取ることができず、次にかける言葉が見つけられないまま了承も得ずに隣に腰を下ろした。ほんの少しだけ身じろぎをするのを感じたけれど、あえて無視を決め込むと隣の男はため息をついてから乱雑に頭をかいた。

「なしてここに来ちゃったかな?」
「なんとなくホークスがいる気がして」
「まだ寝てる時間ちゃろうが」
「そっくりそのまま貴方にお返しします」

 彼が事務所を立ち上げてすぐの頃に相棒になってくれと誘われてからずっと、私はホークスの背中だけを追いかけてきた。速すぎる男と称されるだけあって彼の体すらも包み込んでしまう程の大きな翼を視界に入れるだけで精一杯で、がむしゃらに周りを見る余裕もなく駆け抜けてきた。この間から来ている雄英のインターン生のように空を飛ぶ術を持っていたらもう少し彼の近くにいられたのだろうかとも思うが、ないものねだりでしかない。どうあがいたって私には飛ぶ術がなくて、他の相棒と同じように彼を地上から追いかけるしかないのだ。

「ねぇホークス、私はそんなに頼りない?」
「そんなことなかよ」

 まるで私がそう問いかけるのをわかっていて、ずっと答えを用意していたかのようにホークスは言った。考え込む事が増えたのに、いつにも増して全国を飛び回るようになったのに、私に許されたのはそれを見届ける事だけだったからたとえ本心からそう思ってくれているのだとしても信用しきれない所がある。

「ホークス、ねぇホークス、私はあなたの力になりたいんだよ」
「ちょっとちょっと、どうしちゃったのよ」
「わかんない。こんな時間に起きてるせいかも」
「なら早く帰って寝なさいよ」
「それは嫌だ」

 嫌だを繰り返して子どものように駄々をこねる私にホークスは息だけで笑った。私の好きなあどけない笑顔だった。
 街中の人がホークスに声をかける度、助けを求める声が聞こえてくる度、私は彼を失ってしまうのじゃないかという焦燥に駆られてしまう。いつかこの人は彼を求める人達を守る為に全てを投げ打って消えてしまうんじゃないかと思ってしまうのだ。それはここ最近になって加速していくばかりで、ホークスが消えてしまうならこの世から敵も守るべき市民もいなくなってしまえばいいのにとヒーローらしからぬ事を考えてしまう。
 水平線から顔を出そうとしている太陽は空のオレンジを濃く塗り替えている。昇ってくる朝日が私のモヤモヤもこの空のように明るく照らして晴らしてくれたらいいのに。
 時刻は五時を少し過ぎ、ゆっくりゆっくりと朝日が水平線から顔を出した。今この瞬間だけは誰にも邪魔されない二人だけの空間だった。彼が剛翼で手助けする守るべき市民も暴れる敵もいない、穏やかで平和な瞬間だ。今のような時間を彼と過ごしたいと思うのに、彼の望む未来を手に入れる手助けをしたいのに、速すぎる男と称されるこのヒーローは一人で全てを抱え込もうとする。私を自分の事務所に引き抜いたのは彼なのに、どうしてほんの少しでも頼ってくれないのだろうか。

「私に出来る事があるならちゃんと言ってよ?」
「もう十分すぎるほどいろいろしてくれとーよ」
「そうかな」

 ホークスはその瞳の先に何を見ているのだろうか。真っ直ぐに水平線を見つめている横顔を眺めても、私には何も知り得ることができない。
 しばらく朝日に照らされるホークスを眺めていたら不意に体を支えるように後ろについていた手にホークスの手が重ねられる。突然の行動に驚いて手を引っ込めそうになったけれど押さえるように少しだけ力が込められた手がそれを許してくれなかった。

「名前」
「なに?」
「綺麗やねえ」
「…そうだね」

 驚く私に見向きもせず、ぽつりと小さくホークスが呟いた。私の手に重ねた手はそのままに愛おしそうな表情でゆっくり昇る朝日を見つめ続けている。こんな時だけヒーローネームではなく本名で呼ぶなんて一体どういう心持ちなのだろうか。盗み見た横顔からは相変わらず何も読み取れなかった。
 一度だけ、ホークスが目指す未来について教えてもらったことがある。その時彼は何でもないことのように「ヒーローが暇を持て余す世界にしたい」と微笑んだのだ。その時の顔が、声が、何かを思い詰めるような姿を見るたびに思い起こされる。誰よりもこの国の平和を願う人。誰よりも穏やかな日常を願う人。そこに貴方の幸せは含まれているのだろうか。
 「眩しいな」と昇る朝日に目を細めたホークスの方が、私にとっては眩しかった。







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