寄り道なんてするんじゃなかったと数時間前の自分に悪態をつきながら屋根のある場所を探してひた走る。今日の天気予報じゃ晴れだったはずなのに体を打つ雨粒は強くてバラバラと派手な音を立ててアスファルトの上を跳ねている。コンビニに寄って傘を買っても手遅れな程の濡れ具合にため息をつく暇すらない。ぴたりと体に張り付くブラウスも前に投げ出す足に鈍い音を立ててぶつかるスカートも何もかもが気持ち悪い。

「わっ、嘘!」
「え?」

 次の角を曲がればすぐ近くに公園があってそこには屋根のある休憩スペースがあったはずと思い出して勢いよく体の向きを変えると大きな黒い傘が目に入った。傘の持ち主は下を向いていたから私に気づかず、勢い余った私も急には止まれなくて思いっきりぶつかってしまった。パッと見は華奢なのにぶつかった体はビクともせず、跳ね返された私は尻餅をつく。

「すいません大丈夫ですか?」

 焦った声と差し出された手。その手の持ち主を見上げるとクラスメイトの天喰くんで、驚きでうっかり返事をし損ねてしまった。びしょ濡れのアスファルトに尻餅をついたままぽかんと見上げる天喰くんの顔はわかりやすく青ざめていている。差し出された手を私のびしょ濡れの手で握るのは悪い気がして一人で立ち上がると天喰くんはばつが悪そうに手を引っ込めたので少しだけ胸が痛んだ。

「天喰くんごめん! 大丈夫? 濡れてない?」
「俺は大丈夫…濡れ具合は苗字さんの方が酷いと思う…」
「傘持ってない時に限ってこれだから」
「風邪ひいちゃうよ…」
「バカは風邪ひかないっていうし平気!」
「苗字さんはバカじゃないよ…俺よりよっぽど成績もいいし…輝かしい…」
「そんなこと言ったらビッグ3って言われてる天喰くんの方が輝かしいじゃん」
「そういう所だよ…」

 ネガティブ全開な返答たちに相変わらずだなあと思いながら一通りの会話を終えたところで天喰くんがさりげなく傘の中に入れてくれていることに気がついた。もうすでに全身びしょ濡れだから気にすることないのに、当たり前のように気遣ってくれる優しさに雨に濡れて冷えてきていた体が温まるような気がする。

「家まで…送るよ」
「えっ、そんな悪いよ!」
「雨…止みそうにないし…俺と歩くのは嫌かもしれないけど」
「嫌じゃない! 嫌じゃないよ!」
「それなら…送らせてくれ」

そう言って隣に並んだ天喰くんの顔を見上げたら思ったより距離が近くてびっくりしてしまった。そこそこ話す間柄とはいえここまでしっかりと会話する機会は多くなくて遠目にみるばかりだったし、隣には大抵通形くんがいるから気がつかなかったけど天喰くんは意外とガッシリしている。照れくさくなって顔を下ろした先に見えた靴は当たり前だけど私より大きくて、自分との違いに異性だという事を意識してしまった。

「顔が赤い…熱が出た…?」
「違うから! 気にしないで」
「そうか…? 具合悪いなら言ってくれ」
「大丈夫! 元気だよ!」

天喰くんとは一年の時から同じクラスだしそれなりに知っているつもりだったけど、私の知らないことがまだまだ沢山あるらしい。曲がり角でぶつかったのがきっかけだなんてベタな気がするけれど、天喰くんともっと話をしてみたいし天喰くんのことをもっと知りたいと思った。
だから手始めに明日のお昼に天喰くんを誘ってみよう。声をかけた時どんな反応を見せてくれるのかいろんな想像をしたら、雨に降られてびしょ濡れになった事なんてどうでも良くなった。







伊織ろい(@x_ioroi)様の言葉パレットより
言葉遊び1-21「靴」「傘」「寄り道」


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