爆豪が個性事故に巻き込まれたらしい。
 今朝普通科の生徒とぶつかってしまいその際にうっかり“逆転”の個性にかかってしまったらしいのだが、何が逆転したのかは不明。効果は十二時間で夜には元に戻るということだが、爆豪本人に全く変化が見られないので正直本当に個性事故にあったのかと疑いたくなる。「切島仲良いんだし、なんかわかんない?」「全然わかんねえ」なんて耳郎とやりとりしたくらいだ。
 結局クラス全員が爆豪の変化に対して気にしていたのだが、授業の合間の限られた時間では決定的な情報は得られなかった。

「なあ爆豪、何が逆転したかわかったか?」
「知るか」
「おいおい、自分の事だろ…」
「テメェにゃ関係ねえだろ」
「そうだけど…気になるだろ」

 授業も全て終わり、寮に戻って夕食を食べながら爆豪に話しかけたがやっぱり変わりはなくて首をかしげるしかない。俺に対する返答はいつもより少し当たりがキツい気もするが、よくわからない個性事故にイラついているからだろう。上鳴や瀬呂への態度も似たようなものだし、それこそ性別逆転のような目に見える変化だって一つも見つからなかったのだイラついても仕方ない。

「ねえ、緑谷に対する爆豪の態度なんかいつもより優しくない?」
「んな事ねえわクソが!」
「でもいつもなら何かと突っかかるのにそれもないよね」

 芦戸の発言にはいつもの調子で小爆破を起こしながら怒鳴ったのに、苗字が話し出すと爆豪は盛大に顔を顰めてスッと気配を消すように静かになった。個性が解除される時間までは何かあってもすぐ対応できるように共有スペースにいるようにと相澤先生に言われたから一応留まっているが、今すぐにでも部屋に戻りたそうにも見える。頑なに苗字を視界に入れないようにしているようにも見えて、いつもはこんなんだったかと昨日までの記憶を掘り起こしていく。
 俺の記憶が正しければ爆豪は苗字とはクラスの女子では一番仲が良かった筈だ。もしかしたら俺よりも仲が良いかもしれない。なんだかんだ苗字には甘くて、苗字との会話にはどんな些細な事であろうと律儀に付き合っていたと思う。それなのに、今は苗字の言葉に反応すらしないようにしているように見える。

「そう言われてみればそんな気がするわね」

 苗字の発言に梅雨ちゃんが答えたからか他のみんなは爆豪の態度に気づくことなくスルーしているが、俺にはやけにあからさまに見えた。
 いつもはキツすぎるんじゃないかと思うような緑谷への当たりが少し柔らかくて、あまり多くはないが爆豪から話しかける事もある程気を許していると言える苗字への態度が極端に冷たい。そこまで気づいて、ふと中学のクラスの女子が話していた少女漫画の話を思い出した。好きと嫌いが反転してしまって、今までつんけんした態度をとっていた相手のことが本当は好きだったとバレてしまう話。頭の中でバラバラだったパズルのピースが綺麗にはまる。
 爆豪は確実に何が逆転したのか知っている。そしてその状態で苗字と会話すれば苗字に対して嫌いという感情を持ったまま接する事になってしまう。爆豪はきっとそれが嫌なのだ。個性事故のせいで自分の意図しない所で好きな女の子に嫌な感情を抱いてしまい、それをぶつけてしまうのが許せないのだろう。だから爆豪は不器用にも苗字との接触を避けている。たぶん、きっと、気がついたのは俺だけだ。不可抗力で知ってしまった爆豪の秘密にだらしなく顔が緩んでいくのがわかった。

「切島、おまえニヤケてんだよ」
「な、なんでもない! 気にすんな!」
「なんだよエロい妄想でもしたのか?」
「峰田じゃねーんだから…」

 瀬呂と上鳴が俺をからかってくるのを聞き流しながら爆豪を盗み見る。相変わらず苗字が話すたびに眉間に深い皺を刻んで静かにスマホを見つめている。そうか、爆豪、そうだったのか。きっと俺が気づいてしまったと知ると烈火のごとく怒り狂うのだろう。想像に難くない。だからひっそり心の中で語りかけるだけにしておく。

 爆豪、苗字の事が好きなんだな。誰にも言わねえから安心しろ。

 俺の視線に気づいたのか不機嫌を隠す事なくこっちを睨んできた爆豪に力強く頷いておいた。

「さっきから何見てんだよクソ髪」
「なんでもねえから気にすんな! それより時間だろ? 解除されたのか?」
「当たり前だわクソが」
「では爆豪くん、相澤先生に報告しなければ!」
「テメェがやれやクソメガネ」

 個性が解除されれば留まる理由はもうないとそそくさと立ち上がる爆豪に次々と声がかかるが、爆豪は立ち止まる事なくエレベーターへと向かっていく。飯田の声も最初のやり取りだけして丸っと無視だ。

「ちょっと爆豪! 自分で報告しなって!」
「クソメガネにやらせとけ。俺は部屋に帰る」
「もー!」

 さっきまで存在ごと無視していたというのに、苗字が話しかけると爆豪はちゃんと立ち止まって振り返って、苗字の顔を見ながら返事をする。いつもの爆豪と苗字が戻ってきた。爆豪の気持ちに気付いた上で見る二人のやりとりはなんだか擽ったい。そういえば、苗字は爆豪の事をどう思っているのだろうか。
 爆豪の想いが通じる日がくればいいなと願いつつ、明日から苗字の事も気にしてみようと思った。







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