この映画気になるね。じゃあせっかくだからみんなで観に行こうか。それいいね。そういったありきたりなやりとりで決定したお出かけだった。一クラスにたった六人しかいない女子生徒全員が揃って、場所は大型ショッピングモール。話題の恋愛漫画を元にした実写映画をみて、その後ウィンドウショッピングにでもしゃれこもうとエレベーターのボタンを押した。ドアが開くのを待つまでに映画の感想会となり、ついつい話が盛り上がって先客に気がついたのは全員が乗り込んでドアがしっかりと閉まった後だった。行きたい階のボタンを押して、一瞬の沈黙が訪れた時に人の気配を感じて、チラ見してようやく自分たち以外の人物を確認したのだ。

「えっ……」

 そう声を漏らしたのは耳郎だった。その声に反応して、自分たち以外にも人がいるなあ程度で思考を止めていた他の女子生徒たちももう一度先客の方を見た。そして、愕然としたのだ。だって、その先客は自分たちの担任教師と見知らぬ女性だったのだから。しかも女性の腕は担任の腕にしっかりと絡められている。

「あ、」

 相澤先生。そう芦戸が名を呼ぼうとした瞬間、相澤は右の人差し指を立て口元に当てた。静かにしろと言葉に出さずに相手に伝えるときに使われるジェスチャーだ。それを受けて芦戸はパッと自分の手で口元を強く押さえてこくこくと頷く。芦戸と同じように声を出そうとしていた麗日と葉隠と耳郎も同じ動きをする。蛙吹はにっこりと微笑み、八百万は片手だけ口元にやって目を輝かせた。それを見て相澤はバツが悪そうな顔をしつつ立てたままにしていた人差し指を念をおすようにわずかに揺らした。反射で立てたのは今にも騒ぎださんとする生徒達を諫めるために、そしてわずかに揺らしたのは今日会った事は他の生徒たちには秘密にしろといった意味が込められているのだろう。女子生徒たちは相澤のジェスチャーをそうくみ取った。
 それでも、溢れんばかりにこみ上げてくるものがある。今か今かと飛び出すのを待つものがある。それをどうにかこうにか相澤たちがエレベーターから降りるまで無理矢理押しとどめ、そしてドアが閉まって一拍おいてから一気に解放した。
 堰き止めるものを失い解放された女子生徒たちの黄色い悲鳴はエレベーターを揺らしたのではないかと思うほど箱の中で響いた。

「ねえ! あれって!」
「ぜっっっっったい彼女だよね!!!」
「相澤先生あんな格好もできるんじゃん!!」
「ひげは生えたままだったけど、髪をくくるだけで印象があんなにも変わるものなのね」
「彼女さんもヒーローなんやろうか?」
「一般の方ってこともありえますわよ」

 いなくなればこっちのものとばかりに女子生徒たちは口々に思いをはき出す。これはもうウィンドウショッピングどころではないと、ちょうどエレベーターのすぐ側に設置されていた円形のソファを陣取って話に花を咲かせた。なるべく声を抑えて他の客の迷惑にならないようにと心がけても、盛り上がるうちについ大きくなって時折通行客に視線を向けられたりもした。それでも女子生徒たちは小一時間一つの話題で盛り上がった。

「はあ……ほんまにびっくりやわあ」
「なんかウチら勝手に先生にはそういうのないって決めつけてたよね」
「別にヒーローだからとか先生だからとかで恋愛しちゃいけないってことはないもんね!」
「でも、あの相澤先生だもんなあ……」
「想像はできなかったわねえ……」
「学校でのお姿を考えると……縁遠そうに見えますよね……」

 そうだよねえ。と合わせようとせずとも全員の声が揃った。だって仕方がないのだ。学校での相澤は言ってしまえば薄汚いのだ。無精ひげにぼさぼさの髪で隙さえあれば所構わず寝袋に入って寝てしまうような男だったのだ。それが無精ひげはそのままではあったがハーフアップに髪をまとめ、全身真っ黒なヒーロースーツではなく落ち着いたカラーでまとめられたオフィスカジュアル風な格好をしていたのだ。最初に気がついた耳郎も目の下の傷がなければ他人の空似ということですませていたに違いない。それほどに女子生徒たちにとってはらしくない姿だった。

「私、次先生に会ったらニヤけてしまうかもしれん」
「ウチも……」

 全員が示し合わせたように自然と緩んでいく頬を押さえて、週明けに思いを馳せた。間違いなくいつも通りに現れる相澤の姿を思い浮かべ、自分たちがどんな反応をするか想像する。どうシミュレーションしたって、今日のことを思い出さない未来が見えない。それでも相澤に秘密にしろと言われた限り男子達(とくに峰田や上鳴あたり)に悟られないように表情筋を鍛えなければならない。それぞれがそう固く決意し、熱すぎるほどに温めたソファから腰を上げた。ポーカーフェイスを保つのも修行の一つと言い聞かせて。

――だがしかしその努力も虚しく、教室で相澤を見た瞬間に全員が頬の内側を噛みしめることになる。


BACK