揺蕩う煙の行く末を眺め、そのまま空をじいっと眺める。それから、その煙を吐き出した張本人の整った横顔へと視線をうつす。思いの外強く香る煙草は、付き合い始めた頃は苦手意識があったが、今ではその香りを嗅ぐと心が落ち着くほどに身近なものになっている。
 長くはないが短くもない人生の中で、彼ほど煙草をカッコよく且つセクシーに吸う男性に私は出会ったことがない。火をつける仕草も、紫煙を吐き出す仕草も、どれをとってもまるで映画のワンシーンのようで、何度でも魅せられてしまう。

「そんなに見つめられると照れるな」
「ならそれらしいフリをしてくださいよ」
「本当に照れてるさ」
「ダウト。声が笑ってますもん」
「手厳しい」

 くつくつと喉を鳴らして笑う秀一さんは、少ししてから「さっきのはDoubt.が正しい発音だ」なんて言うから肩を殴っておいた。結構思い切ったにもかかわらず、びくともしないのが憎たらしくもありカッコよくもある。
 吸って、吐いて、吸って、吐いて。たっぷりと時間を使って繰り返される動作は、子どもでもできるような簡単なものなのに、親指と人差し指に挟まれた一本の存在があるだけでガラリと雰囲気が変わる。私が彼と同じ年齢になったとしてもこれだけの色気は出せる気がしない。いつだって彼は私のずっとずっと前を歩いている。

「秀一さんはどうして煙草を吸い始めたんですか?」
「さあ、どうしてだったかな。随分と前のことだから忘れてしまったよ」
「まさか未成年の時から……?」
「どうだろうな」

 フッと微笑んで、一口吸う。二本の指に挟まれた煙草は彼の呼吸に合わせて短くなる。
 今までにも、興味を持ったことがない訳ではなかった。最後の一歩を踏み出せずにいた好奇心が今日ばかりは強く疼いたのだ。
 口元のすぐそばに浮かされた左手に向けて、そっと手を伸ばす。突然の私の行動にも、動じる事なくジッとこちらを見つめる秀一さんの視線を感じながら、手を重ねるように沿わせてから見様見真似で煙草を指に挟んだ。
 秀一さんの指の間に挟まる煙草はすんなりと奪うことができた。随分と短くなったそれを自分の口元に運び、深く息を吸う。正しい吸い方なんて知らないからただ煙を口に含むだけだ。ただそれだけなのに、激しく咽せた私の背中を秀一さんが優しく撫でる。

「君にはまだ早かったようだな」
「そのようです」

 咳き込みすぎて滲んだ涙を秀一さんがそっと拭ってくれた。その親指からはさっき私が口に含んだものと同じ香りがふんわりと漂う。手にしていたはずの煙草はいつの間に秀一さんに奪われていて、軽く一口吸ってから火は揉み消されてしまった。

「急にどうしたんだ? 君らしくない」
「煙草を吸う秀一さんがあまりにもかっこよくて……そうしたら吸ってみたくなっちゃったんです」
「ホォー」

 少しでも秀一さんに近づきたい。貴方の隣に並んでも不釣り合いだと言われない程のかっこいい女になりたい。そんな私の背伸びは虚しくも失敗に終わった。

「あと、一つでもいいから秀一さんとのお揃いを増やせるかな、って」
「名前……君は俺を喜ばせる天才だな」

 日本に住む私とアメリカに住む秀一さんの間にはどう頑張っても埋められない物理的な距離がある。会いたいと思ってもすぐには会えないその距離に寂しくてたまらなくなった時、秀一さんとのお揃いを慰めにしたい。秀一さんに抱きしめられたら感じるこの香りを私も纏ってみたい。ただ、それだけで手を伸ばした。それも結局、私には無理だったようだが。

「なら、まずは煙草の味に慣れることから始めるといい」

 どうやって、と問いかけようとした唇は最初の一文字の形を象ることなく塞がれてしまった。するりと当たり前のように口内に滑り込んできた舌が勝手気ままに私の舌を翻弄する。反射的に逃げようとした私の舌を器用に絡めとる舌は煙草独特の苦味を強く感じた。

「君から俺と同じ味がするというのは中々にそそるな」

 彼の唇についてしまった私のルージュを荒々しい仕草で拭いながらニヤリと笑うその色気にあてられて、私の顔は火照るばかりだ。

「秀一さんは、ズルイです」

 両手で顔を覆ってそう嘆くと秀一さんはくつくつと笑ってから私の手をそっと外して、もう一度苦いキスをした。







title by みつ様


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