「あ、刑事さんのコートだぁ〜」
「は?あぁ、トレンチコートか」
「刑事さんってよくこれを着てない?」
「確かにイメージはあるね」
「ふふ、刑事さん。ゆーくんだねぇ」
「あんたほんとゆーくんさん好きだね」
「大好きだよ〜」

 手を伸ばした先にあるのはキャメルのトレンチコート。ふわふわしたいかにも女の子らしいデザインが好きな私はファーコートやコクーンコート、ボアコートを選ぶ事が多い。だから今までの私なら店頭で見かけても買う事はないし、ましてや気まぐれでも手に取る事だってなかった。
それなのに刑事さんを連想させるからとうっかり手を伸ばし、更には迷うことなくレジへ持って行くのは大好きな恋人の影響である。

「あんたみたいなふわふわして危なっかしい子に警察官っていういかにも守ってくれそうな職業の恋人ができて私はとっても安心しています」

 「着て帰ります」と店員さんに告げて今まで着ていたコートをショッパーに入れてもらった私を見て親友はクスクスと笑った。浮かれてるってその顔が言っていて、頬を膨らませてみせると謝罪の言葉を紡ぎながらさらに笑う。

「ゆーくん、本当にかっこいいから。会ったらびっくりするよ」
「それはもう何回も聞きました。もうすぐ約束の時間でしょ?陰からこっそり拝ませてもらうわ」
「会ってくれないの?」
「馬に蹴られたくありませーん」

 会話をしつつショーウィンドウで何度も自分の姿を確認する私に親友は「大丈夫。とっても似合ってるよ」と言うと私の背中を押して歩くように促す。それがゆーくんと待ち合わせした時間の20分前のこと。







「すまない、待たせたな」
「いいってことよ〜」

 待ち合わせに指定した喫茶店に入り目の前に腰かけると名前はふわりと微笑んで冗談めかした台詞を口にした。会えない日々が続いたのがあまりにも辛くてやっとの思いで仕事をあらかた片付けなんとか用意できたのはたった数時間。そして、彼女に「食事をしないか」と連絡を取ったのはほんの1時間前だった。そんな無茶な誘いにも文句を言わないどころか「私のために時間を作ってくれてありがとう」だなんて言ってくれる名前は俺には勿体ないほどのいい女だ。

「買い物をしてたのか?」
「うん。いっぱい買っちゃった〜」

 少し照れたように足元の紙袋を見て微笑む顔は可愛らしくて癒される。毎日見たい笑顔だ。少しだけ雑談をして入店早々に注文した紅茶を飲み干し、道中で調べておいたレストランへと向かうために立ち上がるとそれに倣った彼女が手にしたのはいつも身に着けてるコートとは違った色と形のものだった。羽織る姿も新鮮だ。

「それ、珍しいな」
「え?」
「いつも着ているコートと違う」
「あ、トレンチコートのことね。つい買っちゃったの」
「つい?」
「うん。ほら、トレンチコートって刑事さんみたいでしょ?ゆーくんだなぁって思ったら欲しくなっちゃったの」

 外に出てから声をかけると思いもよらぬ理由が返ってきた。えへへ、と声に出して笑いながら見上げる顔の可愛さに思わず喉が鳴る。さらには俺の左腕に彼女の右腕を絡めたかと思うとそのまま体を猫のように摺り寄せてくる始末。可愛い事を言われた上に、そんなことをされてしまっては「ん゛っ!」と声が漏れてしまっても仕方がない。

「ゆーくんも着たらお揃いできるね」

 あぁ、どうしてここまで。嘆くような声が出かけて掌で顔を覆う。残された時間はごくわずか。ゆっくりじっくり会話をしながら食事を楽しむ彼女を急かしたくはないけれど食事だけで終わらせたくないと衝動が沸き上がる。

「名前、今日の食事はすこし早く終わらせられるか?」
「どうしたの?お仕事?」
「いや・・・、」

 「食事だけで君を帰せそうにない」そう耳元で囁いて腰を撫でると真ん丸な目をさらに丸くして、それから少し間を開けてぼんと音がしそうなくらいに顔を真っ赤に染め上げた。あぁ、早く食事を済ませてしまおう。そして、明日にでも彼女のものと同じ色のトレンチコートを買おう。そんな事を考えながら「ゆーくん!」と非難するような声に笑い声で返事をした。


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