某月某日
花吐き病はかかった人が吐いた花に触れることで感染するので吐いた花は自分で処理するしかない
毎回毎回、吐いては拾い集め、ビニール袋を何重にも重ねて燃えるゴミに捨てる
こんなにつらいのなら、吐いた花のように、私の恋心も捨てられたらいいのに



 本日は快晴なり。絶好の体育祭日和である。
 ウチの学校は奇数クラスが赤、偶数クラスが白、と組み分けされ、学年関係なしの組対抗で競う。そのため、隣のクラスであるヒロさんとは敵となってしまった。「負けないからな」と言い合う降谷とヒロさんに青春の香りを感じて微笑ましくなってしまった私が挑むのは借り物競走である。目玉競技とも言えるこの借り物競走は、毎年いくつかのぶっ飛びお題があるらしいが、それらを引き当てない事を祈るのみだ。「校長のヅラ」とある意味お決まりのものから、「養護教諭(熟女)のキス(※唇限定)」とかそれは借り”物”なのか!? となるお題もあったと先輩から聞いたときはゾッとした。勘弁して欲しい。

「今年のお題ってどんなのだろーね」
「毎年必ず好きな人≠チてのはあるらしいよ」
「それ引いたら私は君を連れて行くからよろしく」
「お、告白されちゃった? ごめんなさい」
「待って、なぜそうなるの。そこはありがとうとか私もだよとか言ってよ!」

 入場待機列に並びながら友人と雑談を交わす。数ヶ月も経てば入学当初は降谷の顔の良さに色めきたっていたクラスメイトたちも彼の中身を知り、あくまで観賞用だと割り切るようになってきた。それによって女子のドロドロしたトラブルに巻き込まれたくないと私のことを遠巻きにしていた子達が話しかけてくれるようになり、夢に見ていた学校帰りに友達とクレープを食べる≠実現することができた。みんなで食べたクレープは今までの人生で一番美味しかったし、キラキラ輝いて見えた。スタートはだいぶ遅れてしまったがようやくクラスに馴染めてきた頃に体育祭が行われるということで、このチャンスをものにして一気にみんなとの距離を縮めたい。そう意気込んで体育祭に参加した。
 必要な得点の都合上、最低でも三位には入ってくれと先輩も含むチームメイトに懇願されたが、「校長のヅラ」なんてものを引いたら流石に諦めてほしいとだけは念を押しておいた。
 所定の位置に並び、ピストルの合図を待つ。出場選手のみんなやる気満々すぎて、全員がクラウチングスタートの形をとっているほどだ。

「位置について、よーい……、」

 よく声の通る体育教師の掛け声の後にパンと銃声が響く。一斉に駆け出して、我先にと封筒を掴んで破り捨てる勢いでみんなが中身を確認していく。「嘘だろ!?」や「いやいや絶対無理!」や「女子! 誰か女子!」なんて叫ぶ声をBGMにして私が広げた紙には異性のジャージ(羽織ってゴール)≠ニ書かれていた。パッと目に入ったのは私の名前を呼びながら応援するクラスメイトたちが並ぶテントの中で一際目立つ容姿をした降谷だった。だが、彼に借りるとなると後が怖い。そうなると私が向かう先は一つしかなかった。

「ヒロさん!」

 相手チーム側のテントに駆け寄りながら、思い浮かべた人を呼ぶ。まさか自分が呼ばれると思っていなかったのか、ギョッとしながらも返事をしてくれたヒロさんはありがたいことにしっかりとジャージを羽織っていた。

「ジャージ、貸して!」

 お題の紙を掲げながらヒロさんにそう言うと、一瞬だけキョトンとした後すぐそれを脱いで渡してくれた。お題の紙は適当にハーフパンツのポケットに突っ込んでバサリと勢いよく貸してくれたジャージを羽織る。その時、フワリと香った匂いになぜか心臓が跳ねた。洗剤か柔軟剤だろう香りとそれに混ざった別の香り。……ヒロさんの香りだ。そう認識したらかなり恥ずかしくなったが、今は順位が大事と思い立ちゴールを目指す。駆け出した瞬間に一位がゴールしたとアナウンスがあったから、急がなければいけない。ぶかぶかで肩からずり落ちるジャージを必死に直しながら走った。
「ヒロさん、こんなに大きかったっけ……。」
 なんとか無事にゴールして三位の旗が立つポールの前に座りながら、余った袖の長さと、裾の長さを確認する。そんなに身長差はなかったと思っていたのに、ちょっとしたミニワンピのような長さのジャージにがらにもなくときめいてしまった。





 うちの学校の体育祭はなぜか五月に行われる。まだまだクラスメイトとも打ち解けきれないこの時期に行うというのは、手っ取り早く広く交流を持てるようにとの采配なのか、単に九月と言った気候に比べて五月の方がマシだと判断したからなのか真相はわからない。だが、これをきっかけに結束が固まると剣道部の先輩は言っていたからおそらく前者の意味合いが強いのだろう。奇数と偶数のクラスで別れ、学年入り乱れるこの行事は他の高校に比べて珍しい方なのではないだろうか。

「負けないからな!」
「こっちこそ!」

 敵意むき出しな様子で声をかけてきたゼロに、こちらも気合いを込めて言い返す。ちかくにいた苗字さんにはその様子を笑われてしまって、少しだけ恥ずかしくなった。女子からすればこういうやりとりは子どもっぽく見えるのだろうか。苗字さんには子どもっぽいだなんて思われたくないなと思ってとっさにゼロにしかたなくノッかってやった風を装ってしまったけれど、頼むからそれに気がつかなでいてほしい。
 そうしてむかで競争から始まった体育祭の競技も中盤にさしかかり、このイベントの目玉といえる借り物競走の番になった。出場者が待機列に並ぶ段階から生徒達はそわそわしだして、今年のとんでもお題はなんのかと期待を寄せる。先輩から教えてもらった過去のお題を聞いて、この今日競技に当たらなくてよかったと心から思った。

「今年のお題楽しみだよなあ」
「頼むから向こうのチームのやつに引いて欲しい」
「でもこっち勝ってるから大丈夫じゃね?」
「いやいや、他のやつも簡単だとは限らねえよ」

 クラスメイトがあれこれ話すのを聞き流しながら待機列を見ると、苗字さんの姿があった。一緒に出場するチームメイトとなにやら話しているようだが、この距離では表情までは見えなかった。とんでもお題は相手チームに引いて欲しいけど苗字さん以外の人がいいなあなんてちょっとひいきめいたことを考える。
 第一グループの走者がスタートラインに立つ。その中に苗字さんもいた。手首足首をぐるぐる回しながら体育教師の号令を待ち、「位置について」の号令で何回か軽く跳ねてからスタートの姿勢をとる。そして、高らかに鳴ったピストル音の後に駆けだした姿は軽やかで綺麗なフォームだった。必死の形相でお題が入った封筒を取る他の人たちの間を器用にすり抜けて封筒をとり、少し離れたところで開封する。お題を見てすぐ自チームのテントに視線をやったが、そこへ駆け出すことはなく苗字さんはこっちのチームのテントへと駆け寄ってきた。

「ヒロさん!」

 視線は別のところを彷徨っていたが、出した声は俺を呼ぶものだった。迷うこと無く特定の人物を呼ぶ苗字さんにチームメイトたちがざわついたものの、他にもお題のものを借りにきた生徒が現れてそちらへと意識が向く。

「こっち!」

 立ち上がって手を挙げながら返事をすると苗字さんはホッとした表情を見せたあと、すぐに近くへ駆け寄ってきてお題の書かれた紙を掲げてみせた。

「ジャージ、貸して!」

 苗字さんの掲げた紙には異性のジャージ≠ニ書かれていた。その下にかっこ書きで書かれていた注意事項までは読み取れなかったが、それだけ見えれば充分だった。ちょうど羽織っていたジャージを脱いで、丸めてから投げてよこす。弧を描く途中でふわりと広がったジャージを前のめりになりながらキャッチした#naem1#さんはゴールへ向かって駆け出しながらそれを羽織る。あまりの躊躇のなさに、もしかしたら注意書きは羽織ることとでも書いていたのかもしれないと思い至る。そうじゃなければ大抵は手に持ったまま走るだろう。


スタートの時と同じように軽やかな走りでゴールした苗字さんは、第一グループが解散となってすぐに俺の元へと駆け寄ってきた。今度は羽織らず、ジャージを腕にかけた状態で。

「ありがとうヒロさん、理解はやくて助かったぁ〜。あっ、貸してくれたときお礼も言わずに立ち去ってごめんね」
「それくらいいいよ。早いとこゴールしたかっただろうし」
「最低でも三位に入れ! って言われてたからめっちゃ焦ってた」
「じゃあ無事達成できたわけだ」
「ギリセーフで三位だったから、ほんとヒロさんの理解が早かったおかげ」

 きっちり四十五度なんじゃないかというような綺麗なお辞儀と共に差し出されたジャージを受け取る。軽い会話を交わすも急に会場が湧いたことで中断された。どうやらついにとんでもお題が出たらしい。パッと二人で目をやったグラウンドには崩れ落ちている生徒の姿があった。体操服の色からして二年の先輩のようだ。

「じゃあ、私自分のテント戻るね。ほんっとうにありがと」
「どういたしまして」

 小走りで去って行く苗字さんを見送ってから、手にしていたジャージを羽織った。わずかに残るぬくもりと、ほのかに香る甘い香り。おばさんが使う柔軟剤とは違う香りは、苗字さんのものだ。普段から香水をつけていたのか、それともシャンプーの香りなのだろうか。そういろいろ想像し始めた自分があまりにも変態だと気づいて火照った頬を隠すように両手で顔を覆ったがその勢いでも匂いが香り立ってしまい、結局ジャージは脱いで座布団代わりにした。



某月某日
家族にもゼロにもばれないようにこっそり花を吐く。
そして、誰かがうっかり触ってしまわないように吐いた花を片付ける。
あと何回これを続けるのだろうか。恋心を片付けてしまいたい。


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