某月某日 
俺が吐き出す花は一体何がどうなって作り出されているのだろうか
原因となる細胞や菌があるのだろうか
人体の神秘というには限度がある
こんな神秘誰も望んじゃいないだろ



「あ、苗字だ」
「え?」
「ほら、向こうの交差点で信号待ちしてる。携帯持って赤のリュック背負ってる子」
「あー! あの子か! 顔見えないのによくわかったな」

 ゼロが指差す方にポツリと立つ少女の顔はサラリと流れる横髪が隠してしまっていて伺うことはできない。それなのに苗字さんだとゼロは言いきった。

「苗字は立って何かを考えたりするときは重心が右によるんだよ」

 苗字さんの事をよく知っているんだと自慢するわけでもなく、さらりと当たり前の事を言うようなトーンでゼロの口から伝えられた情報にほんの一瞬だけ気分が陰った。

「立ち姿の癖を覚えてるなんて、ゼロはそれほど一緒にいるんだな」
「同じクラスだからな。姿を目にする機会は多いさ」

 ほとんど反射のように口に出た言葉は皮肉めいた音が混ざっていた。言い切ってしまった後にその事に気がついて勢いよくゼロの顔を見たが、ゼロは全く気にするそぶりもなく言葉を返してきた。
 苗字さんはこちらに気づく素振りがなく、顔を上げて信号が赤から青に変わるのをボーッと眺めている。隣からはすうっと大きく息を吸う音が聞こえてきて、初めて苗字さんと話した時のようにゼロが彼女を呼び止めようとしているのがわかった。

「苗字!」

 ゼロのよく通る声があたりに響き、苗字さんがびくりと肩を揺らしてキョロキョロと周りを見渡す。大袈裟な程にあちこち見た後、俺たちの姿を見つけるとそれなりに遠くても分かってしまうくらい盛大に顔を顰めるものだから耐えきれず声を出して笑ってしまった。こちらに駆け寄ってくる間もその表情は崩される事がなく、さらに笑いのツボが刺激される。

「ちょっとあり得ないんだけど!」
「何がだ」
「何がだ、じゃないよ! あんな大声で名前呼ぶ事ある!?」
「大声出さないと聞こえないだろう?」
「そこはそっちが近づいてこいよ! あとヒロさん笑いすぎ!」

 飄々としたゼロに対して、苗字さんは今にも地団駄を踏みそうな勢いである。その姿が面白くて可愛くて、動画におさめておきたかったななんて思う。

「てか結構遠かったのによく私だってわかったね」
「立ち方でわかった」
「立ち方? え、そんなのでわかるの?」
「立ち方にも癖が出るからな」
「……降谷って私のストーカー?」
「なぜそうなる!」
「立ち方の癖とか見るのはストーカーくらいだって〜」
「偏見が酷いぞ」
「そんなことないって。ねえヒロさん?」
「あぁ、まあ、あんまり気にかけないよな」
「おいおい警察官になるならそう言った観察眼も必要になるから鍛えておくべきだろう」
「なに? 二人は警察官目指してるの?」
「ああ」
「すごい! 何かあったら守ってね!」
「任せてよ」
「何もないのが一番だけどな」
「確かに」

 ポンポンと女子独特のテンポで話の内容が変わっていくのは少し置いていかれそうになるけれど、打てば響くようなやりとりが心地よくていつまでも続けていたいと思う。近づいてくる子はゼロ目的で下心が見え透いている子が多かったから、俺の事を純粋に友達として見てくれる苗字さんは貴重な存在だった。ゼロに色目を使わないのも好印象だった。
 守ってねと口にした時、きっと他意はないだろうけど真っ直ぐに俺の方を見て言われたのが嬉しくて、任せろと応えた声に少し力がこもってしまった。
 苗字と話すときは他の女子とは違う感覚になる。心地いいのにどこか落ち着かなくて、しっかり言葉を選んで話したいのに反射的に言葉が出てしまう事もある。でも、そんなのも悪くないと思ってしまうのはどうしてだろうか。







 信号が赤から青に変わるのを待つ間、いつものように携帯を手にして友達から送られてきたメッセージを読んでいた。ここの信号は他のに比べて待ち時間が長いから、引っかかったときに携帯を取り出すのはもはや習慣のようなものだった。信号が変われば音でわかるし、元々車も人もあまり通らない場所だからと注意を向ける割合は自然と携帯の方に多く傾く。
 だから完全に油断していたのだ。こんな所で、某ネコ型ロボットのアイテムを使っていたらとんでも無く硬くて大きい文字が飛んできたであろうほどの声量を発揮して名前を呼ばるなんて思ってもいなかった。反射的に辺りを見渡すとそこそこ離れた場所に金髪と黒髪の男子二人組が立っていた。声の主が降谷だと分かってから私の顔が歪むまでの時間はかなり早かったと思う。またお前かという怒りを込めて降谷を睨んだけどこの距離じゃ何も見えないだろう。

「ちょっとあり得ないんだけど!」
「何がだ」
「何がだ、じゃないよ! あんな大声で名前呼ぶ事ある!?」
「大声出さないと聞こえないだろう?」
「そこはそっちが近づいてこいよ! あとヒロさん笑いすぎ!」

 降谷の隣でずっと笑っているヒロさんに怒っていますアピールをしても、ちっとも効果はない。むしろさらに笑わせる結果になっている気がする。これが降谷ならもっと腹が立つのに、いつもヒロさんの笑顔には何故か毒気が抜かれてすぐに怒りが収まってしまう。
 正直な話、降谷が金髪でなければ遠くに見える二人組が降谷とヒロさんだなんて気付けなかったと思う。そんな遠い距離なのになんの特徴もない私に気付けるなんて降谷はどれだけ目がいいのか。

「てか結構遠かったのによく私だってわかったね」
「立ち方でわかった」
「立ち方? え、そんなのでわかるの?」
「立ち方にも癖が出るからな」
「……降谷って私のストーカー?」
「なぜそうなる!」
「立ち方の癖とか見るのはストーカーくらいだって〜」
「偏見が酷いぞ」
「そんなことないって。ねえヒロさん?」
「あぁ、まあ、あんまり気にかけないよな」

 立ち方の癖だなんて、きっと家族ですらわからないと思う。そんな所はしっかりと観察して気づくことができるのに、どうしていきなり大声で呼ばれるのが心臓に悪いって事は気づけないのだろうか。

「おいおい警察官になるならそう言った観察眼も必要になるから鍛えておくべきだろう」
「なに? 二人は警察官目指してるの?」
「ああ」

 さらりと告げられた二人の将来の夢はそうあるのが当たり前のようにしっくりきた。交番のお巡りさんが着ている制服姿もドラマでよく見る刑事さんと同じスーツ姿もどちらも似合っていて二人なら優秀な警察官になるんだろうと思った。

「すごい! 何かあったら守ってね!」

 そう言った時自然と顔がヒロさんの方へと向いて、しっかりと目が合った。はにかみつつも真っ直ぐに「任せてよ」と言うヒロさんがとても頼もしくて、思わず照れてしまった。ヒロさんにとってはいつか忘れてしまうような何でもない会話の一つであろう今日のやりとりを二人と別れて家に帰ってからも何度も思い出してくすぐったい気持ちになった。



某月某日
花吐き病の始まりはいつどこで誰だったのだろうか
花吐き病になった人の中で銀色の百合を見た人はいったいどれほどいるのだろうか
片想いをやめればいいと言われてやめられた人はいたのだろうか
花の量はちっとも減らなくて不安しかない
こんな病気を生み出した神様はいったい何を考えているの?


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