某月某日
吐いた花の種類と花言葉を調べるうちにすっかり花に詳しくなった
最近の私の体はシュウカイドウを吐くのがブームらしい
そのまんまだね



「あ、ヒロさんいるじゃん。やっぴ〜」
「おーっす、ゼロはクラス委員だってな」
「担任たっての希望だからね」
「めちゃくちゃ嫌がってたよ」
「だろうね。指名されたときの降谷すっごい顔してた」
「想像つくな」

 担当委員会の議事録ファイルとペンケースだけを持って向かった初めての委員会。クラス順にと指示された席につけば前にはヒロさんが座っていて、見知った生徒がいることに安堵した。一緒に担当となった男子は寡黙で、ここに来る道中も全く会話が弾まなくて早々に心が折れたので、ヒロさんの笑顔は一際輝いて見えてしまった。
 クラスメイトは席に着くなり文庫本を開いたので遠慮なくほったらかしにさせてもらうとして、一応気遣った声量でヒロさんに話しかけることにする。ヒロさんの隣に座る女子もまた私のクラスメイトと同じように我関せずな姿勢なので、ヒロさんもすっかり体がこちらを向いている。

「あぁ〜、委員会めんどくさい」
「わかる。早く部活行きたい」
「ヒロさん部活入ったんだ。どこ?」
「剣道部だよ」
「剣道! あれだ、防具とか臭くなるやつ」
「なんでそこなんだよ。もっといろいろあるだろ」
「なんかよく聞くじゃん?」
「まあそうだけどさ…」
「ファブリーズ差し入れするね」
「助かるけど、そうじゃない」

 ヒロさんは出会って間もないなんて事を忘れてしまうほど話やすい。降谷も話しやすくはあるが彼は私に対する優しさが足りないので、話し終えるとドッと疲れるのが難点である。
 降谷と話すようになってすぐの頃、クラスの女子にどうすれば降谷と仲良くなれるのかと質問攻めにされた上に中継ぎまで頼まれる事態が発生したので、それが嫌で積極的に話しかけることはしなかった。それなのに降谷はそれもお構いなしで話しかけてくるので、私はヒロさんに癒やしを求めたいと思う。決して降谷が悪いわけではないということは重々承知ではあるが、狭い女子高生コミュニティの中で女子の友達を確保できないのは由々しき事態であるため、適切な距離を保っていきたい所存である。入学式で居眠りしたら仲良くなれるよと言った時のなんともいえない空気は、今でも思い出しては頭を抱える事案だ。

「苗字さんは部活入ったの?」
「入るように見える?」
「おっと、愚問だったか」
「帰宅部以外の選択肢があるなら教えて欲しいね」
「じゃあ剣道部おすすめしておくわ。ゼロもいるぞ」
「降谷に付加価値はないかな」
「ゼロが聞いたら怒りそうだな」

 複雑な女子の関係性を察することができない上に私の扱いが日に日に雑になっていく降谷など日中相手するだけでお腹いっぱいなのに、これで部活まで同じとなると私のいろんなものがすり減って行く気がする。その思いを正直に話すとヒロさんはクツクツと笑って、「苗字さんのそういう所好きだよ」なんて言う。女子に向かって好きだなんてサラッと言ってしまうのが天然人たらしなヒロさんの悪い所だ。

「ヒロさんさぁ、私みたいにモテない女子に簡単に好きとか言ったら勘違いするからやめなよ〜」
「苗字はモテないなんてことないだろ」
「そういうとこ〜!」

 両手で顔を覆い大げさに仰け反る私にヒロさんが声を出して笑った所で担当教員が現れ、私たちのお喋りタイムは終わってしまった。さっきまでの賑やかさが嘘のように静かになって、ヒロさんは前を向いてしまう。それがすごく寂しかった。







「クラス委員になった。しかも担任の指名だ」

 わかりやすく嫌そうな表情を浮かべてゼロがそう言った。新入生代表の挨拶をしたのだからそうなるだろうなと思っていたが、ゼロはそうでもなかったようで「ヒロと同じ委員会を希望していたのに」と随分と不服そうだ。聞けば苗字さんが偶然にも同じ委員会を希望してそっちはすんなりと通ったから余計に不満なのだと言う。まるで仲間はずれにされたことを拗ねているようなゼロの態度に笑いがこみ上げる。苗字さんと同じクラスのゼロはよく彼女に話しかけているらしいから委員会くらいでは俺に譲ってくれたっていいんじゃないかと思う。俺だって苗字さんともっと仲良くなりたいのだ。

「後期でまた違うのやればいいだろ」
「継続にならないといいがな」
「それはゼロの頑張り次第だろ」
「今から他のやつに変われるよう言い分を考えておくか」
「おー、そうしろ」

 委員会はそれぞれ割り当てられた教室で行われる。昼休みにゼロとした会話を思い出しながら委員会が行われる教室に向かうとまだ人はまばらで空席が目立っていた。先輩たちも席にはついているものの会話をしたり課題をやったりと自由に過ごしていたから俺たちもそれに倣う。いつの間にか教室から消えていたペアの女子もすでに席について携帯を弄っていた。話しかけるなオーラを放つ女子に話しかけるわけにもいかず、ぼんやりと黒板を眺めていると不意に名前を呼ばれた。

「あ、ヒロさんいるじゃん。やっぴー」
「おーっす、ゼロはクラス委員だってな」
「担任たっての希望だからね」
「めちゃくちゃ嫌がってたよ」
「だろうね。指名されたときの降谷すっごい顔してた」
「想像つくな」

 「ヒロさん」と俺を呼ぶのはたった一人。顔を見るまでもなくわかった相手に下降気味だった気分があっという間に浮上する。苗字さんのクラスメイトは席に着くなり本を読み始めたから、体ごと彼女の方へ向いて遠慮なく会話をさせてもらうことにした。
 なんてことない会話でも苗字さんとは他の女子と違いテンポよく進むからあれこれ無駄な事を考えずに話すことができる。中学の時の女子のように会話の節々でゼロについての情報を伺うような素振りもなく、ちゃんと俺を相手として会話してくれるのも苗字さんともっと仲良くなりたいと思う理由の一つだった。あのゼロを付加価値がないだとか女心をわかっていないし自分に対する扱いが雑だとか好き放題言う苗字さんが面白くて仕方ない。ゼロを相手にするといろいろすり減っていくだなんて言う女子は学校中を探しても苗字さんだけだろう。

「苗字さんのそういう所好きだよ」

 自然と口をついて出た言葉に苗字さんはきょとんと目を丸くした後、両手で顔を覆い大きく仰け反った。その仕草があまりにも大げさで芝居がかって見えるからさっきまで声のトーンを落としていたことも忘れて笑ってしまう。こんなやりとりをずっとしていたいと思ったけど、現実はそう思い通りにはいかない。担当教員が教室に入ってきて前を向いたけれど、意識の半分以上は後ろにむかっていた。委員会は退屈だけど苗字さんと話せると思うと次の集まりが楽しみになった。



某月某日
花言葉を調べるということは自分の気持ちと向き合うことと同じだそうだ
両想いになって完治させるにしろ片想いをやめるにしろ大切な事だから続けるようにとのことだが、調べれば調べるほどあの子の事を考えてさらに花を吐いてしまう
恋をするというのはこんなに辛いものなのか


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