■ ■ ■


 京治の様子がおかしいというのは気付いてはいたが、本人が何も言わない以上踏み込むことができなかった。部活にも影響が出ていたからなんとかしなくてはと思うものの、どこかよそよそしい京治に対してどういう風に接したらいいのかわからなかったのもある。

「名前、ちょっといい?」
「いいけど、どうしたの?」
「ついてきて」
「京治?」

 体育館整備のため部活が休みの日。いっそのことよそよそしい原因についてはっきりと聞いてみようかとまで思い立ったころに京治から真剣な表情で呼び出された。無言で先導を切る京治のあとをとぼとぼとついて行って到着したのはいつも二人きりでお昼を食べる屋上の一角だった。来る人自体が少ないが開けている屋上の唯一と言っていい人目を避けられるその場所は、京治と奇病について話すのに絶好の場所だった。
 いつもは並んで座る場所に向かい合って立つ。なかなか話し出さない京治と問いかけたい気持ちをぐっとこらえて京治を見つめる私。二人の間に流れる沈黙が気まずく感じて、居心地が悪い。

「俺は、」

 永遠に続くかと思えた沈黙を京治の少しかすれた声が破った。

「俺は名前の事が好きなんだ。今更何言ってんだって思うかもしれない。惚れっぽくて、信用ならないかもしれない。でも、この気持ちは嘘なんかじゃないんだ。信じて欲しい」

 もう一度出した声はもう掠れていなかった。小さくもなく、かといって大きくもない。でもしっかりと私の耳に届く音は今まで聞いてきた京治の声のどれよりも堅かった。
 ずっとずっと、そうなればいいと思っていた事が実際に起こると人は思考停止するのだと、初めて体感した。びっくりと信じられないと嬉しいと上手く言葉にできない感情たちがごちゃまぜになって、脳が京治の言葉を理解しようと働くのを邪魔してくる。
 私に告白してすぐ俯いてしまった京治の表情はわからないが、真っ赤になった耳が冗談なんかじゃないということを教えてくれている。聞きたいことも確認したいこともたくさんあるけど、今は京治の告白に応えなければいけない。

「私も京治のことが好きだよ」

 京治がはっと息をのんで顔をあげた。信じられないといった表情で私を見つめている。

「きっと京治が私を好きになるずっとずっと前から私は京治のことが、」

 最後まで言い切る前に京治が強く強く私を抱きしめたから、言いかけた好きだよは音にならず消えていった。何の言葉も発さないままぎゅうぎゅうと私を抱きしめるだけでも、京治が喜んでいるのがすごくよくわかる。いつの間にかずいぶんと広く逞しくなった背中を軽く叩いて体を離す。
 京治の瞳に色を戻す方法は何故か知っていた。というよりはこうせねばならぬと自然と体が動いた。自分より二十センチ以上高い位置にある頭を手繰り寄せ、窮屈そうにかがんだ京治にくすりと笑みを零せば「なに」と少し不機嫌そうな声がした。
 それには答えず背伸びをして彼の顔に自分の顔を寄せる。反射的に閉じられた瞼に一つずつ口づけを落とすとそのままゆっくりと踵を地面に付け柔らかな猫毛に触れていた手を離した。私にキスされた京治はぱちぱちと瞬きをした後眩しそうに目を細めた。

「あぁ、そうだ。名前はこんな色だった」
「色のある世界はどう?」
「キラキラ輝いていて、眩しいよ」

 慈しむような優しい微笑みにドキドキと胸が高鳴る。恋多き男はいつも自分以外を見ていたけれど、今は真っ直ぐに自分を見つめてくれているのだと思うと言い表せぬ嬉しさが込み上げてくる。節くれだった手をそっと握り、たまらず愛を囁けば京治は照れくさそうに笑った後もう一度力強く抱きしめてくれた。