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 木兎さんの言葉で名前の事が好きだと自覚しても俺の視界に色が戻ってこない。今まで好きだと自覚した時からその相手が色づいて見えたのに名前の姿はいつまでたってもモノクロのまま俺の瞳に映る。今回ばかりは名前に正直に話すわけにもいかず、まだ好きな子は出来ていないから全てモノクロだと誤魔化すしかなかった。ついに世界の全てが白と黒だけで構成されてしまったことで、こうなってしまったらもう二度と自分の世界に色は戻ってこないのではないかという焦りが生じてくる。僅かながら残っていた完治への道が絶たれたような現状では、到底バレーに集中できるわけもなく些細なミスを繰り返してしまうようになってしまった。

「赤葦最近調子悪いなー。スランプか?」
「スランプって言うより、単に集中できてないって感じだよな」
「彼女と別れたのが今になって効いてきたか?」
「苗字さんなんか知ってる?」
「それがこっちが聞いても何も教えてくれないんですよね……」
「苗字ちゃんが聞いても何も言わないとなると俺らじゃお手上げだなー」
「為す術なしかあ」
「いやいや、私だから駄目ってこともあると思いますよ?」
「ないない。それはないって」
「そんな即答しなくてもいいじゃないですか」

 俺と名前の関係をどう認識しているのか、わかるようでわからない会話を繰り広げる先輩たちの声がやけに耳に入ってくる。いつもなら流すことができるはずの会話も拾ってしまうのは自分がプレーに集中できていない証拠である。木兎さんがトスを呼ぶ声もどこか遠く感じて、トスを上げる指先は繊細さに欠けてしまう。

「今の低い!」
「すいません!」

 集中しなければと思えば思うほど、集中できない負のループに嵌ってしまった。今までなんでも相談できていた相手に隠し事をしなければいけないという事は、想像以上に大変だった。そして、今まで普通じゃないけど当たり前だった事がそうでなくなるという事が心底怖かった。

「赤葦、調子が悪いなら休め」
「…っ、すいません」
「謝らなくていい。誰だって調子が悪い時はあるさ。…まぁ、木兎ほどムラッ気があるのは困るけどな」

 そう言ってニヤっと笑った鷲尾さんにつられて、少しだけ口角が上がる。優しく叩かれた肩からじんわりと暖かさが広がって、緊張がほんの少しだけほぐれた気がした。

「コンディションにあわせて休むのも練習のうちだ。焦って怪我したら元も子もないからな」
「はい」
「それと、悩みは解決するもしないも動いてみないと分からない事の方が多い。俺でもいいし、他の奴でもいいから相談してみるといい」
「ありがとうございます」

 鷲尾さんの言う通り、動いてみないとわからないのだ。名前だからと変える必要はなくて、今までの子たちと同じようにすればいいんだ。今まで名前に相談していたが、最終的には自ら動いてきたのだ。それを、すればいいだけなのだ。そう気づいてしまえば、やる事は見えてきた。きっと名前には「京治はあれこれ考えるけど結局は猪突猛進な所があるよね」と笑われるのだろうが、それでよかった。隠し事をするのが大変なら隠さなければいい。今抱えてる思いを、真っ直ぐ伝えて、それから先の事を考えよう。
 だから俺は、思い立ったが吉日と名前を呼び出して思いを口にした。

「俺は名前の事が好きなんだ。今更何言ってんだって思うかもしれない。惚れっぽくて、信用ならないかもしれない。でも、この気持ちは嘘なんかじゃないんだ。信じて欲しい」

 名前が息をのむ音がした。意気込んで伝えたはいいものの、言い切った後恥ずかしくなって俯いてしまったから、今名前がどんな表情をしているのかはわからない。それでも、名前のことだから、この想いを拒絶することはないだろう。そう願って、ただただ、名前が口を開くのを待った。永遠に続くのではないかと錯覚するほどに長い時間を。