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 世界が完全にモノクロになってしまったせいで今まで以上に名前に頼ることが多くなってしまった。恋をしていた相手すらモノクロになったのは初めてで、もしかしたらもう完治する道がなくなってしまったのではないかと底知れぬ不安が押し寄せて夢でうなされることも増えた。名前には全てがモノクロになった事以外何も話していないけれど、名前は俺の不安も焦燥も察しているかのように俺を受け入れて寄り添ってくれている。

「赤葦って最近名前ちゃんにべったりだよね〜」
「暇さえあれば隣にいるって感じ?」
「…気のせいじゃないですか?」
「そんなことないと思うけど」

 ドリンクボトルを傾ける俺を茶化すように声をかけてきた白福さんと雀田さんはニヤニヤと笑いながらビブスを回収する名前を見ている。確かに今までと比べて名前に頼る機会が多くなったことは自覚しているが、改めて指摘されると恥ずかしくて口元を拭うふりをして歪みそうになる顔を隠した。

「赤葦がそう思ってなくても周りから見れば十分べったりだよ」
「そうそう。勘違いしてる男子もいるかもね」
「いると思うよ〜。名前ちゃん可愛いし、赤葦さえいなきゃって思ってる子もいたりして」

 マネージャー二人の言葉にガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。名前の隣に俺以外の男が並ぶ事を想像して、得も言われぬ感覚が腹の中で渦巻く。
 いつの間にか俺の隣にいるのを当たり前と思い、自分の事を棚に上げて名前は誰かと付き合ったりするだなんて事は思いもよらなかった。その事実にいたたまれない気持ちになる。
 幼い頃から当たり前にいた存在はいつか自分の隣から離れていくと考えるとどこか落ち着かない。残りの休憩中も練習を再開した後もその事ばかり考えてしまって、ずっとモヤモヤしてしまった。

「赤葦今日は調子悪いなー。自主練やめとくか」
「いえ、大丈夫です」
「いやいや、ずっとうわのそら?って感じだろ。怪我するぞ」

 結局名前との関係について気をとられてしまった俺は集中力を欠いてしまい、木兎さんにまで心配される始末だった。自主練大好きな木兎さんからやめると言い出すなんて俺は相当わかりやすく不調なようだ。鈍いようで時折野生動物並の勘で本質を見抜いてくる木兎さんに今の状態は隠しきれないだろう。

「すいません。木兎さんの言うとおりですね」
「お前なんかあったのか?」
「何かあったという程の事でもないんですが…、」

 一人で考えるにも限界がある。そう思うけど木兎さんに相談するというのも何だか違うように思えてしまって口ごもってしまう。もごもごと言葉にならない音を転がす口をタオルで覆うと木兎さんは俺の名前を呼んだ。はき出すことで頭の中が整理されるかもしれない。だが、どう話せばいいのかわからない。モヤモヤとした思考に徐々に眉間に皺がよるのが自分でもよくわかった。

「赤葦さ、俺じゃ頼りないかもしれないけど悩みあるなら話してみろよ」

 そう言って俺の背中を叩いた木兎さんに試合中一番苦しい時に俺に持ってこいと言った時のような頼もしさを感じて、意を決して話すことにした。今までの名前との距離感、白福さんと雀田さんに言われた事、二人に言われてからモヤモヤしている事、これからどうするべきなのか、所々支離滅裂になっていただろうけど木兎さんは真剣に最後まで口を挟むことなく聞いてくれた。そして俺の話が終わったあと考え込む仕草をしてから、からっとした笑顔を見せながら口を開いた。

「赤葦は苗字のことが大好きなんだな」

 その言葉がすとんと胸に落ちる。木兎さん自身は恋愛の意味合いを持たせて言ったわけでは無さそうだが、俺の中ではそう変換するのがしっくりきた。無意識のうちに気づかないふりをしていたのか、あまりにも近すぎて気づくことができなかったのか、その答えは見つからないけどその瞬間全てのことに納得がいった。
 戸惑う俺を名前曰くはちみつみたいな綺麗な色をしている木兎さんの瞳が真っ直ぐ射貫いた。試合中に俺たちを救ってくれることもある純粋さが今はどうしようもなく恐ろしくて痛い。