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 校庭の桜の木が花を散らして青々とした葉を茂らせた頃、彼女ができた。それを幼馴染に伝えた時に返ってきたのは祝福の言葉と俺がずっと悩まされている奇病が治ることへの安堵の言葉だった。

「これで私はお役御免って所かな? 長かったね」
「でもまだ何も変わらないんだ」
「なんかきっかけがあるのかもよ? 手を繋ぐとかキスをするとか」
「どうだろう。まぁ気長に待ってみるよ」
「楽しみだね」

 高校に入ってからスター選手と練習ができて大変だけれど充実した部活動に加えて、彼女までできたとなると自分は無敵なんじゃないかと思えてくる。これで色が戻ってくれさえすれば人生バラ色ってやつだ。ウキウキと弾む心を隠すことなく日々を過ごしていると木葉さんたちに絡まれたりしたけれど今の俺はなんでも許せた。

「見て見て、新しいリップを買ったの。可愛いでしょ」
「そう、だね」
「この前まで使ってたのよりちょっとだけ濃いピンクなの」
「似合ってるよ」
「ありがとう」

 にっこりと微笑む彼女に反して俺の表情は抜け落ちていく。前より濃いというピンクは何度見てもモノクロのままだ。初めは彼女のヘアピンだった。それまで鮮やかなピンクの花を咲かせていたのに気づけば見慣れたモノクロになっていた。それから彼女のひとつひとつが順番にモノクロになっていく。なぜ、どうして、と思考が絡まりぐちゃぐちゃになって足元がガラガラと崩れ落ちていく感覚が襲ってきた。両想いになれば色が戻るんじゃなかったのかと叫びたい衝動にかられながらも、頭に浮かんだのは名前の顔だった。

「京治くん、どうしたの?」
「なんでもないよ」
「ねぇ、次のデートはいつできるの?」
「あーっと、まだしばらく部活が忙しいんだ。木兎さんに付き合わなくちゃいけなくて」
「京治くん最近ちっともデートしてくれないね。お昼だって木兎さん木兎さんって、」
「ごめん」

 彼女の言葉を遮る様に謝罪の言葉を重ねれば不服そうな顔をしながらも了承してくれる。色付きリップで可愛く彩られていた唇も毎日変わるシュシュももうその色を自分で確かめることができなくて、色を示す名前を聞いても上手く思い出せなくなってきた。

「ねぇ京治、不安なのはわかるけどお昼くらいは彼女と食べなよ」
「次はそうする」
「そう言うの何回目?」
「次、次は誘うから」

 彼女からの誘いを断ってくっつくように側にいる俺に対して名前が文句を言いつつも避けたりしないのをいいことに色が完全になくなったと伝えた時の名前は今にも泣きだしてしまいそうなのをキュッと唇を噛んで耐えていた。
 名前は俺以上に俺のことを考えてくれているし、困ったときはさりげなく手を伸ばしてくれる。俺のことなんて全てお見通しなんじゃないかと思うほど、欲しいと思ったタイミングで助けてくれる。それがいつの間にか当たり前になっていて、特別な事だなんてことはすっかり忘れてしまっていた。
 それは傍からみれば幼馴染以上の行為であり、恋人よりも優先されるものではないという認識はすっかり抜け落ちてしまっていた。彼女のことは好きだし、俺なりに大切にしていた。でも、この奇病のことを話せない以上は頼ることができるのは名前だけで、ずっと仕方ないと思っていたんだ。

「私と一緒にお昼食べる時間もデートする時間もないのに苗字さんと会う時間はあるんだね」

 それが俺たちの終わりの言葉だった。目元を潤ませる彼女に差し出したハンカチが何色だったのか俺は知らない。