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 私の幼馴染にして片想いの相手赤葦京治の見る世界はある日突然色を失った。正確に言うと恋をした相手以外の色がすべてモノクロに見えるそうだ。病名すら付けられず、世界でもほとんど症例のないそれは両想いになれば色を取り戻すとされている。
 京治がそんな奇病を患ったのは小学六年の冬のことだ。元々惚れっぽかった京治はその当時からいろんな子が好きだと公言していてそんな中でたった一人の子を除いて世界のすべてがモノクロになったのだ。色がわからないとひたすら繰り返す我が子を連れて両親はひたすら病院を回った。
 何か月もかけて結局たどり着いたのは都市伝説として語られていた奇病という結論で、そう診断された本人も周りも唖然とするしかなかった。元々年相応に活発で人より少しお喋りだった京治は色を失っていることを知られるのを恐れるように口数が減り、表情も乏しくなっていった。
 そんな中で唯一京治が表情豊かに生き生きとしていたのが大好きなバレーをしているときで、私はそんな京治が大好きで彼の支えになりたいと願った。

「名前がいてくれて本当に助かっているよ。これからもよろしく」
「急にどうしたの? らしくない」
「そう? 本心だよ」

 中学の卒業式に京治に言われた言葉は私の宝物だ。彼が奇病を患ってから一度も私に色がついたことはないけれど、隣にいる事を許されたその言葉に私は縋りついている。京治がいつか誰かと両想いになって世界がもとにもどるまでは隣にいてもいいのだとこの言葉を繰り返し思い出して下心のある自分を正当化している。

「今日からもよろしく」
「クラス同じだといいね。その方がいろいろ楽」

 新しい制服に身を包んで校門をくぐる。これからの三年間で京治はきっと沢山の女の子に恋をするのだろう。そのどれか一つでもいいから成就して色のある世界を取り戻せますように。そして、あわよくばその両想いの相手が私でありますように。



 と、そんな風に感傷に浸っていたのもつかの間で入学して早々にまた一目惚れをしたと語る幼馴染の言葉を話半分に聞く。つい最近まで中学で同じクラスだった女の子に首ったけだったのに同じ委員会になった隣のクラスの女の子に一目惚れしたのだそうだ。京治が一目惚れした佐藤さんはいつ見かけてもニコニコ笑顔で庇護欲に駆られるような小柄な女のだ。委員会の集まりの時に「よろしくね」と可愛らしく微笑みかけられたのがきっかけなんだとか。

「笑顔がね、すごく可愛いんだ」
「確かに可愛かったね。小動物系?」
「背も低くてさ、平均よりだいぶ低いんじゃないかな? 腕とかも握ったら折れちゃいそうなくらい細いんだよ」

 ずっしりと詰められたお弁当をつまみつつ京治は佐藤さんについて語る。普段は口数が少ないくせに片想いの相手のこととなると元々おしゃべりだった性格の名残か驚くほど饒舌になるのだ。この一面を知るのは私だけだと思うとほんの少しだけ優越感に浸ることができる。

「で、告白はいつするの?」
「まだ早いよ。もっと仲良くなってからにしなきゃ」
「じゃあ私とお昼食べるのも辞めなきゃね。誤解されるよ」
「あー、そっか。そうだな」

 考え込むようなそぶりを見せる京治に「なんで悩むの」と問いかけたけど返事はない。こういう所で私は彼の特別に位置づけられているのではないのかと勘違いしそうになる。彼から当たり前に隣にいていいのだと言われているような気になってしまう。だから私は京治から離れられなくなる。

「今度こそ上手くいくといいね」
「うん」

 自分の心に嘘をつくのはもう慣れた。チクリと痛む胸に気づかないフリをするのも慣れた。もう何度そうしたかわからないほどだ。ほぅとため息をついた時にいつだったか木兎さんと京治について会話した時に言われた「苗字は赤葦のことが好きなんだな!」という言葉を思い出した。純粋な笑顔を浮かべながら言われた言葉は眩暈がするほどに真っ直ぐだった。