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 岩泉一は一本芯の通った男前な性格。それが同じクラスになって名前が抱いた印象だ。
目つきが鋭くて怒っているのかな?と思う時もあるが、話しかけてみれば気さくに返してくれる。けれど女子はちょっと苦手なのか自分から話しかけることは滅多にないし、下手したら目が合うのも稀かもしれない。そんな彼だから名前はてっきり恋愛よりもとにかくバレー一筋の硬派な男子だとばかり思っていた。

 名前があの日岩泉を見つけたのは偶然だった。手すりを握りしめた手が鉄臭くて、それが嫌で寒いけど手を洗おうと向かった先で飛び込んできた光景に唖然とした。精悍な体つきの男子が花を吐いているというアンバランスな姿は儚く美しくてふわりと香る花の香りに四肢の動きを奪われたような錯覚に陥った。花吐き病というものを知ってはいたけれど見るのは初めてで、苦しげに花を吐き出すその姿はそれからしばらく鮮明に名前の脳に刻まれふとした時に思い出しては慌てて首を振ってそれを消そうとする日々だった。

「名前、最近岩泉くんと仲良いよね」
「え、そうかな?」
「よく話しかけてんじゃん」
「去年同じクラスだったし、普通だと思うけど…」

 あの日以来苦しそうな岩泉がどうしても頭から離れなくて、なんとなく彼を見かけたら声をかけてしまうようになった。初めはそんな名前に岩泉も戸惑っていたが、日を重ねていくごとに打ち解けて今では岩泉からも声をかける仲にまで進展した。合言葉のようにどちらかが「調子はどう?」と聞くことから始まる何気ない会話はいつしか名前の毎日の楽しみになっていた。岩泉の返答はサーブが上手く決まるようになったとかすごく気持ちのいいスパイクが打てたとかバレーのことばかりだけど、キラキラと目を輝かせてバレーについて語る表情はあどけなさを残していて眩しかった。

「てっきり名前は岩泉くんのこと好きになったのかと思ってた」
「ええ?! …でもファンではあるかもね。バレー頑張ってほしいもん」
「岩泉くんかっこいいもんね。エースだし」

 ニヤニヤと心底楽しそうに笑う友人の肩を小突けば彼女は「私は及川くんのファン〜」なんてわかりきった情報を告げられた。岩泉と会話をして彼の人となりに触れれば触れるほど岩泉の想い人への興味は募る一方だった。口から出る言葉はぶっきらぼうだけれどその裏には優しさや気遣いが隠されている不器用な彼は一体どんな人に惹かれるのだろうか。

「名前と岩泉くん意外とお似合いかもね」
「えぇー? ないない」
「岩泉くんが話す女子って名前くらいしか見ないし、もしかしたらもしかするかもよ?」
「そんなことないって」

 友人の言葉に岩泉の隣に自分が並ぶ姿を想像してみたが、どこか違和感がある。彼の隣に立った自分を消し去ってから、今度は誰かが並ぶ姿を想像してみる。手を繋いで、ふわりと笑いながら見つめ合って甘い言葉を交わすのだろうか。力強くバレーボールをコートに叩きつける大きな掌が優しく頭を撫でたりするのだろうか。
 見知らぬ誰かと幸せそうにする岩泉を想像して頭に浮かんだのは「いいなぁ」という羨望。それは単にそういう恋が羨ましいのか、はたまた相手が岩泉ということが羨ましいのか…。降ってわいたような感情に頭が追いつかず名前は思わず机に突っ伏した。