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【花吐き病】
正式名称を嘔吐中枢花被性疾患といい、遙か昔から潜伏と流行を繰り返してきた。
片想い拗らせると口から花を吐き出すようになり、吐き出された花に接触すると感染する。
根本的な治療法は未だ見つかっていないが、両想いになると白銀の百合を吐き出して完治する。






 その病の存在を知ったのは岩泉がまだバレーを始めて間もない頃だった。曽祖父だったか曽祖母だったかどちらかの法事で集まった日、ねーちゃんと呼んで懐いていた年の離れた従姉が家の裏でひっそりと花を吐いていた。
 明朗闊達な彼女は会うたびに「はじめー!おがってるかー?」とぐりぐりと頭が揺さぶられるくらい豪快に撫でてくれる。その声や力強さの割に柔らかい掌が岩泉は大好きだった。そんな彼女が涙を頬につたわせながら口からポロポロと花を零していたのだ。そんな異様な光景に引き寄せられるように近づいて、気づけば地面に散らばった花を手にしていた。

「ねーちゃん、これ、綺麗だな」

 岩泉はその時拾い上げた黄色のチューリップの感触と香りは10年近く経ってもはっきりと思い出す事ができる。そして、その後見たねーちゃんのまるで世界の終わりを目にしたような顔も。
 腕を落とさんばかりの勢いで岩泉の手から花をはたき落とし、グッと手首を掴まれ近くの水道へと引っ張って「痛いよ」と抗議する岩泉の声に何も言わずねーちゃんはひたすら花に触れた岩泉の手を洗った。

「はじめ、ごめん。ごめんな」

 ひたすら流れ出る水の冷たさで指先の感覚もなくなってきた頃になってねーちゃんは泣きながら何度も謝った。岩泉はその時のことを今でもたまに夢に見る。
 ねーちゃんは花を吐きながら誰を想っていたのか、そして自分もいつか花を吐く日がくるのだろうか。
 バレーだけにひたすら傾けてきた情熱を誰かに向ける日がくるのだろうか。
 夢を見るたびに岩泉はまだ見ぬ想い人へと想いを馳せた。