スッと一筋差し込んできた光の眩しさに深く深く沈んでいた意識が引き上げられる。まだ微睡んでいたくて寝返りを打ち、側にある温もりを抱き寄せようと手を伸ばしたがその手は空を切った。掌に触れたシーツの冷たさは彼女がここを離れてからしばらく経っていることを表していて、一気に目が覚めた。いつもなら手を伸ばすとゆるゆると目を覚まし、猫のように胸元にすり寄ってくる姿に愛おしさを募らせるのに今日はそれがない。何かあったのかとリビングへと飛び出せば、当の本人は鼻歌混じりにキッチンに立っていた。

「おはよう…」
「あ、目が覚めんたんだ。おはよう」
「早いね」
「なんだか目が覚めちゃったからたまにはいいかなって」
「お寝坊な名前がいないから何かあったのかと思って驚いたよ」
「せっかく朝ご飯作ったのに酷い言い草じゃありませんか?」
「ごめんごめん」

 「もう」と怒ったフリをしつつクスクスと笑う名前の姿を見て、この愛しい人を手放すことなんてできないなと実感した。そして、つい先日の飲み会を思い出して自嘲的な笑みを浮かべる。駆け付け一杯とばかりに勢いよくジョッキを煽ってから「で、いつから一緒に住むの?」と言ったのは胡散臭い笑みを浮かべた黒尾さんだった。
 付き合い初めてまだ一年足らずなのに、結婚して当然とばかりに会うたびにニヤニヤと祝儀がどうだとか出し物がどうだとかあからさまに話題にあげる。まるで彼らに触発されたような形になるのは癪だけれどずっと考えていたことだった。もっとロマンティックにとか、いろんな準備を済ませてからとか考えていたのに、手際よくテーブルに料理を並べる名前の姿を見てどうしても今伝えたくなったのだ。

「そう言えば、次の休みに宮城に帰るんだよね?」
「うん。潔子さんのお祝いで集まるの」
「そこに俺も混ぜてもらえないかな」
「え? 一緒に来るの?」
「そう。バレー部のみんなに挨拶しなきゃいけないからね」
「…挨拶?」
「あぁでも、バレー部より名前の両親の方が先だね」
「え? …えぇ?」

 混乱する名前が可愛らしくて思わず笑い声が漏れてしまう。本当は緊張で口はカラカラだし、鼓動もうるさい。今までにかっこ悪い所だって木兎さんや黒尾さんにバラされてきたけれど、なけなしのプライドで余裕ぶってみせたかった。指輪も花束も豪華なディナーも何にも用意していないけれど、こんな風なのもいいのかもしれないと言い聞かせる。

「俺と結婚してください」

 一音一音はっきりと伝わる様にいつもよりゆっくりと発音していく。言われた言葉を理解するのに少し間があって、パチパチと瞬きをして、はっと息をのんでからゆっくりと名前が頷いたのを確認して手を合わせる。それから、これからのスケジュールを脳内で確認して、やるべきことを整理していく。
 「まずはこの後二人で指輪を選びに行こう」とワンテンポ遅れて目を潤ませる名前に伝えてから味噌汁を口にすると、すっかり馴染んだ味が舌に広がった。
 宮城にて、生意気だけど可愛い後輩が突然現れた俺に対して盛大に顔を顰める姿を拝むのが楽しみだ。