「苗字さんは今日もツッキーと仲良いよな」
「そうですね」
「あれ? 赤葦気になんないの?」
「なんでですか」

 そう言う赤葦の顔は真っ直ぐに苗字さんの方を向いていて、心なしか返事をする声は低い。「赤葦に春がきたぞ」なんて黒尾が面白そうに言っていたな、なんて思い出しながら赤葦の視線の先を辿る。そこには楽しそうに笑う烏野一年マネージャーと顔を顰めつつも彼女の相手をする月島の姿があった。その時のことをなぜか印象強く覚えていた。
 月島を通じて何度か会話を交わすようになったけれど、赤葦と彼女のもどかしい距離は保たれたままだった。黒尾なんかはあまりの焦れったさに赤葦をけしかけようとしたけれど何もかわらず、結局自分たちが卒業しても距離が縮まることはなかった。そして、赤葦は卒業してから一度も梟谷グループの合宿に顔を出さなかった。自分の事で手一杯でそれほど余裕がなかったというのもあったが、黒尾と何度誘っても断られてばかりだった。

「苗字さんに会いに行かないの?」
「怖くて、いけません」
「なんで?」
「俺と彼女は離れている時間の方が長い。もし卒業してもっと遠くなった俺より、月島と距離を縮めていたらと思うと怖くて仕方がないんです」
「ツッキーに限ってそんなことないと思うけどな」
「わかりませんよ」

 やけにゆっくりと指先にテーピングを巻きながら言う姿にそれ以上なにも言えなかった。コートの中では強気で、獰猛な猛禽類らしく攻めるのに恋となるとこんなにも弱気になってしまうのかと驚いたのもある。立て続けに思い出した姿と今目の前にいる赤葦の姿がゆっくりと重なっていく。向かい側に座る赤葦はほんのり頬を染めて、グッとジョッキの中身を飲み干した。

「赤葦は苗字さんを覚えてる?」
「…烏野のマネージャーですよね。覚えてますよ」
「じゃあさ…、」

 言っていいものか、と悩んで口ごもると赤葦は目線だけで続きを催促してくる。変なところで頑固だったり、意地っ張りだったりするこの後輩はもしかしたら質問の答えをはぐらかすかもしれない。目の前で「苗字さん」と名前を口にするだけで瞳を揺らすのだから聞くまでもないのだけれど、口にしなければいけないような気もした。

「苗字さんのこと、好き?」
「い、つの話をしてるんですか」

 ゴトリと赤葦が口元に運びかけたジョッキが机とぶつかって、泡が揺れる。ギュッと眉をひそめて、睨むようにこちらを見る視線は先ほどより揺れていた。

「赤葦って意外と隠し事下手なのな」
「酔ってるときは別でしょうよ」
「会いたくないの?」
「会えるなら、会いたいですよ」

 酒の力というのは偉大だな、と早々に諦めて素直になった姿を眺めながら思う。問いかけに答えた声は弱弱しくて、表情は暗い。自分から言い出したくせに、そんな赤葦にかける言葉が見つからなかった。「ツッキーに頼めばいいじゃないか」と言えばいいのかもしれないけれど、俺たちはその時の気持ちだけで動くには少し年を取りすぎていて、言い出すには時間が経ち過ぎている。

「会えるといいな」

 呟いた声は周りの酔っぱらいの喧騒が飲み込んでいったけれど、神様は拾っていてくれていた。このやりとりから程なくして彼の想いが通じたと聞いた時は自分の事のように嬉しかった。