私の人生の中で一番輝いていたのは間違いなく高校時代だ。たぶん、きっと、この先もあの時ほど濃く煌びやかな日々は送れないだろう。かけがえのない仲間と、一生忘れることのできない恋。そのどれもがとても大切で、辛い時はその思い出の引き出しを開けて乗り越えていた。あちこちで鳴るスキール音、トスを呼ぶ大きな声、打ち付けられるボールが立てる轟音。目を閉じれば選手たちがコートの中で重力と戦う姿とともに鮮明に思い出される。その中で、たった一人、その人だけが誰よりも鮮明に色づき、いつだってキラキラと眩しいのだ。

「赤葦!」
「木兎さん!」

 梟谷学園高校の体育館に響く声に対して「四番!」と声を張り上げたのは澤村さんと烏養さんだ。ブロックが三枚ついていても打ち抜かれるボールの威力に隣でやっちゃんが「ひぃ」と小さく悲鳴を漏らした。得点に湧く梟谷に対して、烏野の選手も烏養さんも悔しそうに唸っている。潔子さんに教えてもらいながらスコアを記録していくが、私の視線はどうしても赤葦さんに奪われてしまう。初めて会ったはずなのに、彼と目が合った瞬間「ずっと会いたかった」と思ったのだ。
 そうして気づけば全てが始まっていて、彼の一挙一投足が気になって仕方なかった。ただ見てるだけ。話したのもほんの少しだけ。それでも想いは日に日に募るばかりだった。初めて経験した想いの強さにあの日の幼い私はその出会いが運命なんだと思っていた。

「あの、すいません」
「は、はい! すいません! お伺いします」

 同僚が興奮気味に運命の人と出会っただなんて言うものだからついつい昔の事に思いを馳せてしまっていた。多分何度か声をかけてくれたのであろう平均よりもうんと背の高いスーツ姿の男性は目の前で困った様に眉を下げて微笑んでいる。慌てる私に優しく「大丈夫ですよ」と言葉をかけてくれるその声がどこか懐かしくてドキリと心臓が跳ねた。

「師長さんはおいでますでしょうか?」
「申し訳ございません。師長はお休みを頂いております」
「そうですか。本日はご挨拶に伺っただけなので名刺だけ渡していただけますか?」
「わかりました。渡しておきます」

 名刺を差し出す指先は節くれだっていて、その手すら懐かしさを感じる。書かれた名前をじっくりと見て驚きのあまり息ができなかった。ひゅっと喉が鳴って、一気に鼓動が早くなる。名刺に綴られた「赤葦京治」と彼の顔を交互に見ると、不思議そうに首を傾げた。

「赤葦さん…?」
「はい、赤葦です」
「あの、私、苗字です。烏野の…」

 マネージャー、と言葉を続けようとしたけれど赤葦さんの漏らした「えっ、」という声に遮られた。切れ長の目をこれでもかと見開いて私を見つめている。

「ごめん、全然気づかなかった…」
「いえ、私も名刺頂くまで気づかなかったので」
「久しぶり、だね。俺が高校卒業して以来?」
「…そうですね。お久しぶりです」

 よく見れば面影があるのにどうして気づかなかったのか。人見知りで相手の顔をじっと見るのが苦手なためにネクタイの結び目ばかりを見ていたせいなのだろうけど、本当に驚いた。なんて言葉を続ければいいのかわからなくてお互い沈黙したままでいると、同僚から呼ばれてしまった。慌てて同僚に返事を返してから軽く挨拶をしてその場を離れようとしたら腕を掴まれた。

「ちょ、ちょっと待って!」

 珍しく慌てた様子にキョトンとしていると、赤葦さんはワタワタともう一枚名刺を取り出して裏に何かをメモし始めた。サラサラと動くペンをひたすら目で追う。

「これ、良かったら連絡ちょうだい。ゆっくり話がしたい」
「え」
「俺のプライベート用の番号だから」

 同僚が私を急かす声が聞こえる。バタバタと奥が騒がしくなってきたから急な入院でも入ったのかもしれない。

「引き止めてごめん。待ってるから」

 赤葦さんが踵を返したのを見て、私も名刺をポケットに押し込んで駆け出す。電話番号を綴る字は几帳面な彼らしくない乱雑さで、パッと見ただけでは解読しづらいものだった。今まで連絡を取ろうと思えば取れなくはない環境だったはずだ。その中でそれをしてこなかったのに、どうして急に…?ぐるぐると考えてもわからないから、とにかく今は仕事に集中する事にする。けれど、名刺を差し出した手には何も飾られていなかったことに安堵している自分がいて、混乱が激しくなるばかりだった。