仕事から帰って、着替えもそこそこにホットカーペットで微睡むと「風邪ひくぞ」と声がかかる。ここまでが私たちのルーティーン。一緒に暮らしてもう二年、私たちの関係は良くも悪くも変わらない。
 実業団のバレー選手として活躍する西谷夕との出会いは高校時代に遡る。帰宅部だった私と夕の接点は同じクラスということだけだったけれど、いつの間にか仲良くなって、いつの間にか好きになっていた。あの時はこんなに長く彼に恋をし続けるなんて夢にも思わなかったけれど、今は夕以上に素敵な人にはもう二度出会えないし、これからもずっと恋に落ち続けるのだろうなと思う。

「名前はほんと床で寝るのが好きだな」
「床で寝るのが好きなんじゃなくて、ホットカーペットが気持ちいいんだよ」
「俺はベッドのほうがいい」

 身体が資本のスポーツ選手として気を遣う夕は私のように床で寝落ちすることはそうない。先輩にしこたま酔わされたときは玄関で寝ていたりして、私がベッドまで引きずっていったこともあったがそれも至極珍しいことだ。毎日私がホットカーペットに寝っ転がるたびに声をかけてくれるのも律儀なものである。

「あ〜、あったかいぃ〜」
「風呂入ってベッドに入ったほうがあったけーぞ?」
「もうちょっとだけ…」
「そう言いながらいっつも寝ちまってんだろ」
「今日は大丈夫なはず」
「そうは見えねーけどな」

 ぺちん、と今にも瞼を閉じてしまいそうな私のおでこを叩いて夕が笑う。私が寝落ちしてしまわないように頬をつついたり引っ張ったりと悪戯っ子のように構ってくれるのが嬉しくて、あと少しあと少しとずるずるしてしまうのも寝落ちの原因の一つでもあるけど、それは夕には内緒だ。
 こうやっていつもと変わらない日常を過ごすのが幸せで、かけがえのないにものに変わって、夕のいない生活が考えられなくなるほどに侵食されていく。もし、万が一、億が一、夕と一緒にいられなくなってしまったら私はどうなってしまうのだろうか。

「おーい、名前?寝たのか?」
「起きてるよ」
「急に眼閉じたまま黙ったら寝たのかと思うべ?」
「ちょっと考え事してただけ」
「何考えてたんだ?」

 寝っ転がったまましゃがみ込んで見下ろしている夕を見つめる。お風呂上りだからいつも綺麗にセットされている髪は下りていて、実年齢よりも幼く見える。もう飽きるくらいに見ているはずなのに、何度見たって可愛い。

「私ね、たぶん、もう夕がいないと生きていけなくなっちゃってるな、って考えてたの」
「そうか!」
「え、そんな反応しちゃうの?!」

 ちょっとは照れくれたっていいのに、夕は二カッと笑って私の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。私、結構恥ずかしいこと言ったんだけど。あまりにも元気に返事されてしまって、その恥ずかしさもどこかへ飛んで行ってしまった。

「俺も名前がいなくなるなんて考えられないからさ、結婚するか!」
「はぁ?!」
「嫌か?」
「いや、じゃないけど!」
「じゃあ、結婚しようぜ」
「そうじゃないじゃん!」

 勢いよく体を起こしたせいで少し頭がクラクラした。いや、原因はそれだけじゃないかもしれない。プロポーズってさ、もっとロマンチックにするものじゃないの?!夕だから仕方ないのかもしれないけど!目の前で豪快に笑う夕は私の動揺なんてお構いなしに「あれ買わなきゃな!雑誌!なんだっけ?」なんて言っている。ねぇ待ってよ、私、まだ頭が追いついてないよ。

「俺、名前とならすっげー幸せになれると思うんだ! だから一緒に幸せになろうな」

 あまりにも自信満々に言うものだから、思わず笑ってしまった。「幸せにする」じゃなくて「一緒に幸せになろう」というのが夕らしい。そんな夕が好きだなぁ、と心が温かくなる。あぁ、私はまたこうして恋に落ちた。結婚しても、きっと子供が生まれても、ずっとずっと私は恋に落ちるのだ。


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