外は晴天、燦々と降り注ぐ太陽の光が熱を届ける。手を使って申し訳程度に風を送ってみても、額を滑り落ちる汗は止まる様子はない。
 休憩になると体育館のあちこちから暑いだの溶けるだのと覇気のない声が上がる。マネージャーが作ってくれたドリンクの消費も早い。暑さを助長するような日向と影山の言い争いに眉を顰めながらボトルを煽ると隣の山口がなんだかそわそわしていることに気づいた。何でもない風を装っているけど、チラチラと入口と時計で視線を往復させていてわかりやすすぎる。あまりの暑さに理由を聞くのも面倒だな、と次々と溢れる汗をタオルで拭うと「失礼します。」とよく通る声が響いた。

「苗字さん!」
「あ、山口いた! 遅くなってごめ〜ん」

 両手に大きなビニール袋を提げて、花が咲くような笑顔を見せる同じクラスの苗字名前に視線が一気に集まる。最近よく山口と会話をしているなとは思っていたが、わざわざ差し入れを持って現れる程になっているとは予想外だった。

「アイスだ!」
「女子がアイスを買ってきてくれた!」
「田中! 西谷! 怖がらせるようなことするんじゃない!」
「あははは、大丈夫ですよ」

 飛びかからんばかりに喜ぶ先輩にも怯むことなく談笑する姿がやけに視界に入るのが煩わしくて、意味もなく眼鏡を外してタオルで顔を拭う。体育会系の男子に囲まれてお礼を言われても谷地さんのように怖がることなく「どういたしまして。」と返し、あっという間に部員たちと馴染んでいる。騒がしいのは彼女だけではないのに、嫌に耳につくのは清水先輩よりは高く谷地さんよりは低いアルトの笑い声だった。山口が僕の元に持ってきた差し入れのアイスはほんのり溶けていて、少しの力でほろほろと崩れていく。

「いつの間にアイスを差し入れしてもらうような仲になってたの」
「え?」
「苗字と仲良いんデショ」
「苗字さんすっごく良い人だから、ツッキーも仲良くなれると思うよ!」
「なんでそうなるの」

 影山相手でも会話を弾ませている苗字もまた日向のようなコミュ力おばけなのだろう。教室でクラスメイトに囲まれているような記憶はなかったから気づかなかったことだ。

「ねぇ、良かったら部活見てってよ!」
「え、いいの?」
「キャプテン! いいですよね?」
「あぁ、構わないぞ」
「ぜひ! 山口のフローターサーブ? 見てみたかったの!」

 日向とやりとりする姿はまるで元から仲が良かったかのようで、なぜかそれが腹立たしかった。ほんの些細なことでも気になってしまえば、得点ボードの横に用意されたパイプ椅子に腰を掛けて山口に声援を送る姿も煩わしく思えてきてしまう。スパイクを打つと歓声をあげ、部員たちの真似をして「ナイスレシーブ!」「ナイスキー!」と声を出し、点が決まると拍手を送る。その動作一つ一つが気になって試合に集中できない。

「日向すごーい!」
「だろ?!」
「調子のんじゃねえぞボケェ!」
「なんだとぉ!」

 苗字がいるからか、いつもよりテンションが高い日向のせいで余計に暑苦しく感じる。
苛立ちに任せてブロックを決めると苗字が歓声をあげ、側にいる谷地さんに興奮気味に話しかけていた。なんでもないプレイ一つ一つにここまでテンションを上げられるなんて単純な奴だと思ったけれど、自分に歓声が向けられるのは悪い気はしない。
 もう2本くらいドシャットを決められたら暑苦しい変人コンビも大人しくなるだろうか、と考えながらスポーツグラスをかけ直しているとふと目が合った。玩具を手にした子供のように輝かせている瞳に僕が映し出される。けれど、その瞳は元々派手で目を引く変人コンビに向けられたものだ。

「ツッキーは日向と同じポジションなんだっけ?」
「そうだよ。ツッキーはすごいんだよ! 日向に負けてない!」
「でた、山口のツッキー自慢」
「ねぇ、ツッキーって呼ぶのやめてくれない?」
「あ、ごめん。山口のがうつっちゃって」

 休憩のタイミングで耳に入った会話は馴れ馴れしいと言うにはそこまでの不快感がなくて、かと言って素直に受け入れてしまうのは癪である。わざとらしくため息をついてみせると「怒らせちゃった?やばい?」と山口に話しかける声が聞こえてきた。

「ごめんツッキー」
「なんで山口が謝るの」
「え、あ、なんとなく?」
「意味わかんない」

 山口と距離が近いことにイラつく自分も、ごく自然に僕に謝ってしまう山口も、意味が分からない。纏まらない思考も些細なことにイラつくのもすべて暑さのせいにして、苛立ちのままに汗を拭い、スクイズボトルを煽る。

「そうだ! ツッキーのブロックすごいね! かっこよかった!」
「は?」
「日向の速攻をドシャットしたのすごすぎて鳥肌立ったよ」

 戸惑う僕なんてお構いなしに彼女は素直なままに笑顔を向けて言葉を紡いだ。さっきの反省はどこへやら再び山口の真似をしてツッキーと呼ぶし、彼女の纏う香りが漂ってきているような錯覚に陥るほど距離も近い。「ツッキーって呼ばないでって言ったデショ」と言いたいのに、太陽の暑さのせいか苗字が眩しく見えて上手く口が動かなかった。
 彼女はいつものように笑って、みんなにするように僕に話しかけてきただけなのだ。だってそれは、ただふつうのこと。それなのにこんなにも心が揺さぶられるのはどうしてだろう。その理由を、本当はもう知っている。







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