ノック三回の後、少し間をおいてから重厚な扉が開かれる。扉の向こうに現れた姿が想像をはるかに超えてかっこよくて、思わず感嘆の息が漏れた。やっぱり服のチョイスさえ間違わなければこの人はすごくすごくカッコいいのだ。
 スタッフに手を引かれてゆっくりと部屋に入ってくる英太くんの表情は視界を奪われたことによる恐怖からか固い。この日を迎えるにあたって、私がどうしても譲れなかったのが対面の瞬間の演出だ。スタッフの手を煩わせることになるけれど、目隠ししてぎりぎりまで秘密にしておきたかったのだ。

「名前?そこにいるんだよな?」
「いるよ。私がいいって言うまで目隠し外しちゃだめだよ」

 英太くんの手を引いていたスタッフにお礼を言うと、微笑んでからそっと退室していった。この部屋には私と英太くんの2人っきり。誰にも邪魔されない私たちだけの世界。ふわふわと広がるドレスのスカートを押さえながら英太くんの正面へと歩みを進めれば、足を前に出すと跳ね上がるスカートのように私の心も対面への期待でふわふわと舞い上がる。

「少し屈んでもらえるかな?」
「こうか?」

 まるでキスをする時のように英太くんが腰をかがめて顔を近づけるから思わず顔が赤くなってしまう。セットされた髪型は雰囲気をガラリと変えて英太くんのかっこよさを際立たせていて、自分のドレスを選ぶ時よりも真剣に悩んだ瑠璃色のタキシードは英太くんのためだけに誂えられたかのように似合っている。早くアイマスクをとって英太くんのリアクションを見たいのに、あまりのかっこよさにドキドキしすぎて体が言うことを聞かない。

「まだかよ?」
「もうちょっと、もうちょっとだけ待って!」

 中途半端な体勢がつらいのかじれったそうに言う。アイマスク越しでもちょっと困ったような、呆れたような笑みを浮かべているのがわかった。ごめんね、もうちょっとだけ待って。英太くんのかっこよさに私の心臓が追いつかないの。この部屋の空気全部を吸い込んでしまう勢いで大きく深呼吸をして、「よし」と呟いて気合を入れる。
「外すね」と声をかけて手を伸ばして、ゆっくりと英太くんの耳に掛けられたゴムを指に引っ掛ける。私の指が英太くんの肌に触れた瞬間、英太くんの体がびくりと跳ねて覚悟を決めたように息をのんだ。「いくよ」と声をかけてからパッと英太くんの視界を開放する。

「眩しっ…」

 一斉に飛び込んでくる光にキュッと眉を寄せて、目を細める。光を遮るように目元に持ってこられた手は目が光に慣れていくにつれてゆっくりと下げられていき、英太くんの瞳が私を捉えた。

「どう、かな?」
「マジか…」
「え?」
「いや、あー、ダメだ。やっぱダメだ」

 私の想像の中の英太くんのセリフとはかけ離れた言葉を紡いでから顔を伏せた。嘘、私、似合ってない?このドレス、一緒に選んだけどダメだった?髪型失敗した?それともメイク?ぐるぐるとせわしなく思考を巡らせても、正解にはたどりつかない。

「ねぇ、ダメって?私、ドレス似合ってない?」
「なっ、ちげぇよ!似合ってる!てか一緒に選んだだろ?!」
「じゃ、じゃあ、なんでダメって…」
「・・て、・・・ん・・だよ」
「え?」
「綺麗すぎてびっくりしたんだよ…」

 顔だけでなく耳まで真っ赤に染め上げてぼそりと呟いた言葉に安堵と嬉しさが込み上げる。「英太くんもすごくすごくカッコいいよ」と言おうと思ったけれど、英太くんが突然跪いて私の手を取るから飲み込んでしまった。映画のワンシーンの様な光景にドキドキが止まらない。

「名前、改めて誓う。俺はお前を必ず幸せにする」
「英太くん・・・」
「白布にレギュラーを取られて辛かった時も、烏野に負けて悔しかった時も、今日までずっと名前に支えられてきた。そんな頼りない俺だけど、名前に対する気持ちは誰にも負けないし、ずっと変わらない
。愛してるよ」

 ゆっくりと私の右手を持ち上げて、甲に口づける。まるでスローモーションになったかのように私の目に移り、心臓は胸を突き破って飛び出してしまいそうな程激しく脈打っている。

「一緒に幸せになろうね」

 本番はこれからだから泣いちゃいけないと言うのに、じわじわと視界が滲んでいく。普段は恥ずかしがってそんなこと言わないのに、今言うなんて反則じゃないか。
 英太くんを好きになって良かった。英太くんが私を好きになってくれて良かった。これからの未来を英太くんと歩んでいけるのがすごく幸せだ。今日ばっかりは見知らぬ神様に感謝した。


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