ブランコが高く上がると同時にぽーん、と右足のローファーを蹴り投げた。放物線を描いて遠くへ落ちたのを見たあと国見が「子どもかよ」と呟いた。
 右足は靴下のままで揺れるブランコに身を任せ、遠くなったり近くなったりする空を眺める。日も暮れかけた時間ともなれば、きゃっきゃっと声をあげて遊ぶ子どもたちも家に帰り、公園は静寂に包まれていた。キィキィとブランコのチェーンが軋む音がやけに耳について、寂しさが際立つ。
 昨日、近所のお姉さんの結婚式に出席した。ウエディングドレス姿のお姉さんは言葉を失うくらい綺麗で、旦那さんと見つめあって微笑む姿は感動で涙ぐむほど幸せそうだった。いつか私もこうなりたい。可愛いドレスを着て、頭にティアラを乗せて、旦那様に手を引かれて笑顔を振りまきたい。結婚するなら旦那様はイケメンがいい。運命の出会いを果たして、ドラマティックな恋をして、私だけをいっぱい愛してくれる人がいい。そう興奮気味に話す私に向かって、リアリストな母は冷めた声で「あんたは特別可愛くも綺麗でもないからイケメンと結婚なんて無理よ」と言ったのだ。その瞬間、夢と希望で大きく膨らんだ私の心の中の風船はパチンと割れてしまった。帰りの車の中も、お風呂に入っていても、授業中も、その言葉がぐるぐると頭の中を巡って消えない。私みたいな人間は夢みることすら許されないのかと心が軋んだ。
 隣で私の愚痴を聞く国見は相槌すら打たないからきっと聞き流しているのだろう。部活帰りに通りかかったのを無理やり捕まえたから怒っているのかもしれない。

「もしかしたら、私だって及川先輩みたいなイケメンと結婚できるかもしれないよね?!」
「苗字って、及川さんが好きなの?」
「イケメンは好きだよ」
「ふーん」

 誰もが羨むようなイケメンが平々凡々な私を好きになってくれるとか素敵だと思う。例えば、今さっき蹴飛ばしたローファーを跪いて履かせてくれるのが似合うような人とか憧れたっていいじゃないか。

「なに? 国見もお前は無理だって言いたいの?」
「別に」
「顔が無理だって言ってるけど?」
「クレーマーかよ」

 国見は優しい。嫌だとか顔や口に出しながらも結局はこうして付き合ってくれる。部活を終えて疲れているだろうにちゃんと私の話を聞いてくれるんだから相当いい奴に違いない。

「苗字はもっと現実主義かと思ってた」
「女の子は誰だって夢を見るんだよ」
「あっそ」

 「スタッ」と効果音がつきそうなほど軽やかに立ち上がった国見が私の蹴り飛ばしたローファーを拾い上げて、目の前に跪いた。入学してからほぼ毎日履き続けているからシワだらけでくたびれていて、いかにも不恰好なのにまるでガラスの靴みたいに輝いて見えて思わず目をこする。

「こういうの、して欲しかったりするわけ?」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて、国見がローファーを私の足へと滑らせる。「別に国見にして欲しいわけじゃない」と言おうにもいざやってもらったとなると恥ずかしさが勝って言葉が出なかった。
 真っ赤になっているであろう顔を見られたくなくて視線を落として行くと、国見のつむじが目に入る。そこから少し横に視線を動かせば、重力に従ってスポーツ男子にしては長い髪が垂れて耳がちらりと見えている。その色が夕日にも負けないくらい真っ赤で、不覚にもときめいた。

「私はそんなことで国見のこと好きになったりしないよ」
「バカじゃないの」

 言い訳じみた台詞に返す国見の声は少しだけ震えていた。恋ってこんな単純なものじゃなくて、もっとトキメキいっぱいでビビッと感じるものがあるはずなんだ。
 だから、さっきから自己主張の激しい心臓は、間違いなんだ。


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