他のクラスに赴いて、人を呼ぶなんてことは目立つからすごく嫌だ。声を出して目当ての人を呼ぶことも、誰かをつかまえて呼んでもらうのもどちらもすごくやりたくない。プリントを渡すのなんてクロ自身がやればいいのに、毎回俺に「たまにはバレー部以外とも会話してみろ」だなんて押し付けてくるのは余計なお世話だ。前に福永に頼もうとしたら先手を打たれていて「部長命令だから」と断られ、すごくイライラしたのをよく覚えている。

「お、孤爪だ。今日も山本?」

 廊下側の一番前の席に座る苗字さんは小さくうなずいた俺にニッと綺麗に並んだ歯を見せて笑うと「待ってな」と軽やかに立ち上がって教室の奥へと進んでいった。
 苗字さんとはクロのめんどくさいお使いをこなすうちに少しずつ会話するようになった。他の女子のようにキャアキャア騒ぐこともなく、口調も言ってしまえば男らしく荒い。そのせいなのか、彼女の人柄なのかはわからないけれど、苗字さんは初対面の時から比較的話しやすかった。にこやかに虎と会話しながら戻ってくる姿を眺めながらこの違いは何なのかと考えてみたが結局のところよくわからない。

「研磨お前、苗字とは普通に話せるんだな」
「苗字は騒がしくないから」
「研磨の場合は男女関わらず誰かと話してる姿なんて滅多に見ねぇもんな」
「別に、話す必要も特にないし」
「なんだよ孤爪〜、寂しいこと言うじゃん」
「寂しくない」

 三人で教室の入り口付近で会話しているからか時折ちらちらとこっちを見てくる生徒がいる。目立ちたくないのに虎の見た目と、他のクラスの俺と、そして女子の組み合わせが珍しいのだろう。早く帰りたいのに今日の虎はやけに饒舌で中々話が終わらない。

「苗字さんはなんか、話しやすい。だから話せる。それだけだよ」
「嬉しいこと言ってくれるね。ありがとう」
「お前ももっと他のやつと話せよ」
「虎だって女子とは話せないくせに」
「ぐっ」
「確かに」
「じょ、女子に話かけるとかどうすればいいのかわかんねぇんだよ!」

 たじろぐ虎を苗字さんがにやにやと眺めている。

「で、でもお前は女っぽくないから平気だぜ!」

 虎がそう言うと、スッと空気が冷えた様な気がした。がははと笑う虎の顔を苗字さんが悲しそうな顔で見ている。虎のバカ。と思ったけれど、声には出せなかった。どうしてそこまで悲しそうにするのだろう。

「そんなことだろうとは思ってたけどさ・・・、私は山本のこと好きなんだけどな」

 俯いて「やっぱりかぁ」と呟く苗字さんは泣いているかのように思えた。

「・・・っ、は、はぁ??!!」

 虎は手を上げたり下ろしたり、小さく横に振ってみたりと挙動不審になっている。常日頃彼女が欲しいとか女子と会話できるようになりたいと言っているとは思っていたけれどここまで鈍感でバカだとは思わなかった。きっと苗字さんのことだからなにかと虎に話しかけたりして少しずつアピールしていたのだろう。俺に対して毎回虎を呼びに行ってくれていたのも話すきっかけを作るためだったに違いない。
 せいぜい悩むといい。意識するといい。虎の恋模様とか興味はないけれど、苗字さんのことはちょっと応援したい。


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