身長176cm、体重はまぁそれなり、髪型は幼い頃からショート一択。同級生の男子たちはみんな子供っぽくてすぐ私の身長を揶揄ってくるから苦手。女の子はふわふわしてキラキラして可愛いからお姫様扱いしてきた。
 その結果、「苗字は女の子が好きなんだろ」「名前が男だったら絶対惚れてた」と言われることばかりの人生になった。男女問わずうっかりしていると私が女子だってことを忘れる人も出てくる始末である。女子が重いものを運んでいれば手伝うし、高いところに手が届かないとなれば代わりにやってあげる。少女漫画でよくある女子をときめかせることは一通りやってきたけれど、やってもらったことはない。まぁそんなもんだよね、なんて思いながら人生17年。当然の如く、恋人なんてできたことがない。可愛い女の子たちと同じようにいいなと思っても自分の女の子らしさのなさに消極的になってなんの進展もないまま想いはしぼんでいくばかりだった。面と向かって「女として見れない」なんて言われたこともある。だから、諦めていた。そう、諦めていたんだ。

「もう! こんな重いの運ばせるなんて意味わかんない!」
「はいはい、わかったからそれ貸しな。行ってきてあげるから」
「やーん! 名前ちゃんイケメン! さすが!」
「お礼に数学のノート見せてね」
「任せて!」

 担任にノートを運ぶように指名された友人が憤慨するのを宥めつつ、その手からノートすべてを掻っ攫って教室の外へと歩みを進める。ノートが崩れてしまわないように胸で支えながら職員室を目指していると、パタパタとこちらへかけてくる足音が聞こえてきた。
ぶつかられたら嫌だなと思いつつ、廊下の端へと避けていると「苗字さん!」と名前を呼ばれた。首だけで振り返ると夏休みが明けてから隣の席になった東峰がこちらに駆け寄ってきていた。今までほとんど会話したことがないのにわざわざ追いかけてくるなんて一体何の用だと首をかしげていると東峰は節くれだった指で私の抱えているノートを指した。

「苗字さん、それ、半分持つよ」
「え、いいよ。別に1人で大丈夫だから」
「でも、重いでしょ?」
「持てなくない重さだよ」

 「大丈夫」「持つよ」のやり取りを少ししてから、東峰は結局有無を言わさない様子で私の腕からノートを半分以上奪っていった。思いがけない東峰の行動に戸惑って茫然としていると、東峰は困ったように笑ってから歩き出した。慌てて追いかけ隣に並ぶと改めて東峰の背の高さを感じる。自分より背の高い男子は貴重だ。

「わざわざ追いかけてきてくれてありがと」
「どういたしまして」
「東峰はいい人だね。クラスの子たちは私が大丈夫だってわかってるから誰も手伝わないのに」
「うーん、そうかな? 大丈夫って言っても、女の子1人に重い物持たせるわけにはいかないべ?」
「男女って言われるような奴でも?」
「苗字さんは、女の子だよ」
「え?」
「本当は一学期の時から手伝いたいって思ってたけど、中々声かける勇気が出なくてさ。俺見た目がこんなんだから話しかけて怖がられてもショックだし…」
「あー、まぁ、そうだね」

 長い間言われなかった言葉にむず痒さがあちこちに広がる。心の中で東峰の「女の子だよ」という台詞が繰り返される度にそわそわと落ち着きを失って、無駄にノートを抱えなおしたりしたけれど東峰は気にした様子もなく共に担任の元へノートを運び終えた。どういうつもりで言ったのか皆目見当はつかないけれど、ちゃんと女子として見てくれている人がいるという事実は嬉しかったし、安心した。







 それから東峰とは挨拶を交わしたり、ちょっとした雑談を交わしたりする仲にまで昇格した。厳つい見た目とは裏腹に優しい東峰は私が何かを運んでいると必ずと言っていいほど手伝ってくれるし、この間思わぬ寒さに凍えているとカーディガンを貸してくれたりした。少女漫画かよ!と友人たちに茶化されたのはあまりにも恥ずかしい思い出だ。
 でも、そんなやりとりが楽しくて毎日東峰に会うのが少し楽しみだった。東峰といると自分がちゃんと女の子をやれているような気分になって心地よかった。
 そして、東峰と仲良くなって一か月と少し経った今日、全国大会出場まであと一歩に迫った男子バレー部の応援に友人と共に足を運んだ。教頭の張り切りように苦笑しながら、コートに立つ東峰を見つめる。教室でヘラりと笑う姿からは想像できないほど真剣な表情の彼は凛々しい。隣できゃあきゃあと騒ぐ友人たちに反応する余裕もないほど、私の視線はコートの中で跳ぶ東峰にくぎ付けだった。何度も厳しい場面をむかえながらも決して諦めず、ひたすらにボールを追いかける姿に惹きつけられた。

「東峰くんたち凄いね」
「うん。かっこいいね」

 コートに立つ選手全員が必死に駆け回る。限界を超えているはずなのに気力だけで自分の体を動かして二色のボールに食らいついていく。敵味方関係なくその姿は美しかった。
 けれど、その中で東峰はひときわ輝いて見えて、メガホンを握る手に力が入る。
悔しい、悔しい、なんなの!私の好みのタイプはもっとしっかりした漢前でグイグイ引っ張ってくれるような人なのに、どうして胸が高鳴るの。どうして体が熱いの。どうして東峰が輝いて見えるの。こんなはずじゃなかったのに、まさかまさか、私が東峰を好きになるなんて!


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