午後最初の授業は現代文。
Kとやらの心情について教師がつらつらと語る声に混ざって後ろから欠伸の音。
それから少しして、背中にちょんと小さな痛み。
ページ数わかんないんだろうなぁと小さく振り返れば「今何ページ?」とシャーペンを片手に持った木兎が囁いた。
少し身を乗り出して、私の耳元に近づけて話すのはこの席になってからほぼ毎日繰り返されているけどちっとも慣れる気配がなくていつも心臓が跳ねる。

「147ページ」
「サンキュー」

夏休み明けの席替えが行われ、私の席はちょうど真ん中の列の後ろから2番目という可もなく不可もなくな位置になった。
そして、後ろにはクラスのムードメーカーであり強豪バレー部のキャプテンとして人気の木兎光太郎。
どうやら全国的にも有名な選手らしく、3年になって同じクラスになる前からよく名前を聞く生徒だった。
彼はこの席になったその日から授業中に私の背中をシャーペンでつついて、「今何ページ?」「さっき先生は何て言った?」「あの漢字なんて読むの?」と声をかけてくるのだ。
シャーペンは痛いし、最初の頃は芯を出したままつつくものだからブラウスに黒い点ができるしで抗議をしたのだが改善されたのは芯を出したままにしないというその点だけだ。
相変わらず背中は痛いままだし、声をかけられる頻度は変わらない。

「なあなあ、苗字ってカレシとかいんの?」
「ちょっと今授業中」
「大丈夫だって、答えろよ」
「うるさい。後でノート見せないよ」
「それは困る。でも質問には答えてくれよ」
「はぁ?」

教師が板書するために背を向けた隙を狙ってくいくいとブラウスの背中をつまんで引っ張る。
今日はやけにしつこくて、あしらってもめげずに何度も話しかけてきてその度に教師に気づかれないかひやひやする。

「もしかして2組の門田と付き合うのか?」
「え、なんで」
「告られたんだろ?」
「ちょ、誰に聞いたの?」
「小見やんと猿。教室で盛り上がってたってさ」

カツカツと教師が板書する音とそれについての解説の声が木兎の声にかき消される。
木兎の妨害によって書ききれていなかった部分が消され、そのうえにまた新しく書かれていく。
書き写すことを諦めてぐるりと体ごと振り向けばだらりと体を机に預けて唇をつんととがらせた木兎と目が合った。

「で、付き合うの?」
「付き合わないけど。なに」

はちみつ色の瞳にじっと見つめられて、別に何も悪いことをしていないのにバツが悪くて目をそらす。
教師の声が止んでバレないうちに体勢を戻さないと、と前に向き直そうとしたらタイミングよく授業時間終了のチャイムが鳴った。
「今日はここまで」という教師の声とともにガタガタと椅子が引かれる音が教室に溢れる。
慌てて立ち上がれば後ろから袖を引っ張られ、顔のすぐ横ににゅっと木兎の顔が寄せられた。

「俺のカノジョになってよ」

「はぁ?」と聞き返す声は日直の号令に紛れて消えた。
みんなが頭を下げる中私たちだけひょっこり頭が残っていたけれど教師は気にすることなく立ち去り、すぐにクラスメイト達の話声でざわつく。

「返事は?」

この間しつこく誘われて行った練習試合中に見た様な視線で真っ直ぐに見つめられて心臓が高鳴る。
彼の苗字が表す猛禽類のように狙った獲物は逃さないとばかりに瞳だけで拘束されているような気になる。

「他のやつにとられたくねぇんだ」

どんなにシャーペンでつつかれて痛い思いをしても、何度も何度も声をかけられてもうっとおしいと思わないのも、もうとっくに答えなんて出ていた。
私のとる行動はただ一つ、しっかりとブラウスの袖を握る手に自分のそれを重ねて縦に首を動かす、ただそれだけだ。







title by みつ様


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