同じクラスの苗字名前と付き合うことになったのは言ってみればノリだった。お互いに恋人が欲しいとボヤいていたら話の流れで俺たちが付き合えば中々いい関係になれるんじゃないかと思い至りそのまま「付き合ってみるか?」「いいよ」なんて軽いやり取りでスタートしたのだ。
 いざ付き合ってみれば、知らない一面を見るたびに自分が名前に惹かれていくのがわかった。意外と甘えん坊な所、2人っきりになると「靖志」と呼ぶ声が甘く柔らかになる所、俺がバレーをしてる姿を見てかっこいいとはしゃぐ所、悩んでいるとそっと寄り添ってくれる所、あげていけばキリがないほど好きな所が増えていく。

「資料室の片付けとかかったるいー」
「ったく、よりによって俺らが日直の時じゃなくてもいいだろうよ」
「まぁ私は靖志と一緒にいられる時間が増えて嬉しいけどね」
「・・・そーかよ」
「あ、照れた」
「こっち見んな」

 二人で日直にあたった放課後、クラス担任でもある社会科教師に資料室の整理を頼まれた。就職活動中だと抗議したがしょっちゅうバレー部に顔を出していることがバレていたので逃れられなかったのだ。そんなに時間はかからないからと言われてもめんどくさいものはめんどくさい。それでも、「一緒にいられて嬉しい」なんて可愛い彼女に言われればたまにはいいかという気になるのだから俺も案外チョロい。

「うわぁ、これ積み上げ方めちゃくちゃ」
「崩れてくるかもしんねぇから気をつけろよ」
「はーい」

 手分けして乱雑に積み上げられた段ボールを退かして中身を軽く整理してバランスよく積み上げ、ぐちゃぐちゃに突っ込まれた地図やらよくわからないタペストリーの埃を軽く払って整えていく。中にはよくこの積み方でバランスを保っているのかと感心するようなものもあった。

「あ、ヤバい」

 ぽつりと呟かれた言葉に振り返れば脚立の上でバランスを崩した名前が床に向かってダイブしようとしていた。持ち前の反射神経で駆け寄り受け止めようとしたが名前と共に落ちてきた資料たちのせいでバランスを崩して共に倒れ込んでしまった。
 咄嗟に瞑った目を開けばすぐそこに名前の顔があった。いつだったか舞ちゃんが読んでいた少女漫画にあったいわゆる床ドンをされている状況で、少しでも動けば唇が重なってしまいそうな距離感に心臓が激しく脈打つ。じわりじわりと服越しに伝わる名前の体温を意識してこちらの体温も上がっていく。

「おい、名前、大丈夫か?」

 問いかけた後、名前の瞳の奥にちらついた熱に息をのんだ。今までも何度か見たことのある情欲の熱。その熱に気づいても今ひとつ勇気が出なくて彼女の求めるものを与えられなかったことが思い返される。

「名前?」

 名前が少し体勢を直してから、ゼロに近かった距離がついにゼロになった。重なった唇は想像以上に柔らかくて、香水も何もつけていないはずなのにくらくらと眩暈がしそうなくらい甘い香りが鼻腔いっぱいに広がる。触れ合わせるだけの簡単なキスでも湧き上がる快感に思わず身じろいだ。

「お前っ、急に何すんだよ」
「今がチャンスかなって」
「はぁ?!」
「だって靖志に任せてたらいつまでたってもキスすらしてくれないじゃん。こんなんじゃ一生先に進めないもん」

 脚を開いて俺に跨っているせいか持ち上げられたスカートの裾から覗く白い肌に喉が鳴る。俺の視線の先に気づいた名前はふっと少しだけ声を漏らして笑った。

「ねぇ、私はずっとシたいと思ってたけど、靖志は?」

 問いかける声も俺を映す瞳も妖艶でこんな名前の姿は知らなかった。名前が態とらしく跨る位置を変えたせいで己の昂りはもう隠せない。

「ねぇ靖志、据え膳食わぬはなんとやらだよ」

 誰もいない放課後の資料室。視界いっぱいには付き合ってそれなりに経つ恋人。俺だって考えなかったわけじゃない。俺の上に跨って指先で俺の胸元に縦線を引く名前の吐く息は熱を持っていて、誘うような色を見せて空気に溶け込んでいく。

「誕生日プレゼントに、靖志のはじめて、ちょうだい?」

 付き合って初めての誕生日はうっかりしていたことに聞き忘れていて知った時には前日だった。慌てて朝コンビニでケーキを買ってきた俺を名前は「靖志らしい」と笑って許してくれた。来年はちゃんと祝うと約束してそれで終わりなんだと思っていたのに、まさかこんなおねだりをされるなんて思いもしなかった。
 こてんと首を傾げて唇をなぞる舌が妙に色っぽくて、ぞくりと鳥肌が立つ。熱をもった体はそう簡単におさまりそうになくて、考えること事を放棄した俺はもうどうにでもなれと真っ赤に熟れた唇にかぶりついた。







title by みつ様


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