シャンパンを飲み干して赤くなった顔で衛輔はリボンが結びつけられたグラスを振り上げる。囃し立てる言葉に気を良くしながら全力で床へと叩きつけたグラスはガシャンと派手な音を立ててあちこちに破片を飛び散らせながら割れた。

「一人目のベビーは男の子だね!」
「モリスケに似ずチビじゃなけりゃいいな!」
「盛大に割れたなあ〜。こりゃあ幸せになれるぞ!」
「シャスリーバ!」

 ギャラリーの言葉にすかさず言い返す衛輔と通訳の人から教えてもらって一拍遅れて笑う私。賑やかで楽しい披露宴だ。せっかくだからとロシアの伝統に則って、塩がたっぷりつけたパンを食べさせ合うことから始まり、たくさんの花束をもらい、あちこちから「ゴーリカ!」の声が飛んできて、その度に抱き合ってキスをして、たくさんのフラッシュを浴びながら私たちのキスの長さをカウントする冷やかしを受ける。日本人としては恥ずかしい限りだが、郷に入っては郷に従え。ロシア流の祝福ということで甘んじて受け入れることにした。多分、シャンパンのおかげでちょっとだけいつもより気分が良くなっていたのもあると思う。先ほどシャンパングラスを割ったのも、ロシア式第一子性別占いだそうだ。また、割れたグラスの破片が多いほど幸せが訪れるとも言われているらしい。
 ロシアでも披露宴をやろうと言い出したのは衛助だった。日本で家族と一部の友人だけを招待したこぢんまりとした神前式をしてからロシアでの生活をスタートすることにしたが、それに対してロシアのチームメイトから「祝わせろ!」と再三言われ続けたらしくそれに折れる形で私への打診が来た。衛輔のチームメイトのせっかくの好意をむげにするわけにはいかないと頷いたものの、ロシア式結婚式を調べて「ゴーリカ」に辿り着いたときには中止にできないかと怖じ気づいた。でも、実際に身を投じてみればお酒の力もあってなんてことない楽しい披露宴だ。

「ゴーリカ!」
「タイム! ちょっとくらい奥さんとの会話をさせろ!」
「うるせえ! ゴーリカ!」
「明日からゆっくり会話しろ! ゴーリカ!」

 お酒が入れば入るほど増えていくゴーリカコールに衛輔はタイムを要求することが増えてきた。招待客のみんなは私たちの唇を腫れさせようとしてるに違いないなんて言い出した時には私と通訳さんの二人で大笑いしてしまった程だ。衛輔が何を言おうと言葉通り浴びるほどお酒を飲んでいる酔っ払いには全く効果がない。一度始まればキスするまでコールは鳴り止まないのだ。
 ロシア語でチームメイトと言い合う衛輔の顔を両手で抑えて、強引にこちらへとむかせる。ヒールのおかげでいつもより近い衛輔の唇に押しつけるようにしてキスをすれば、今までで一番大きな歓声が上がった。長さをカウントする声も会場を揺らすんじゃないかと思うほど大きい。さっきまではどれだけ撮るつもりだと思う程に鳴っていたシャッターの連写音は心なしか少ないから動画でも撮っているのかもしれない。カウント数が過去最長に達したところで衛輔を解放するとキスしたときと同じようにドッと会場がわく。

「えへへ、私からしちゃった」
「あいつら調子に乗らせるだけだぞ……」
「今日くらいいいじゃん。いっぱいチューできるの嬉しいし。……ダメだった?」
「あー、もう、しょうがないな」

 困ったように、でも嬉しそうに衛輔が笑う。二人で見つめ合って笑うと祝福とからかいの言葉が飛び交った。この後は花嫁の靴盗みが待っている。このメンバーのことだからそう簡単には靴は返してもらえず、日付をまたぐまで続くのだろう。終わるまでにあと何回ゴーリカと声をかけられるのか想像しただけで気が遠くなる気がするが、晴れの舞台でくらいは許すしかない。
 ロシアでの生活は、きっと悪くない。寒くたって、衛輔がいれば大丈夫だ。


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