いくらでも息になってやる

やばい。やってしまった。

ふらふらと体育館裏まで歩いて、小さな段差に腰掛けた。呼吸は荒く、頭もふらふらする。過呼吸だ、と理解するのは早く、人に気づかれる前にこうしてひとりになった次第である。苦しくなる呼吸に比例して冷たくなる手足。頭で分かっているからこそ呼吸を落ち着けようと躍起になって、手のひらで口を覆った。

「はあっ、はあっ…!」

油断した。中学3年生まで男子に混じって野球をしていたから、体力には自信があった。所詮女子の球技大会程度で息が上がることなどないと過信していた。しかし久しぶりにバスケットボールという走り続ける競技を、大勢に見られているという環境下で行ったことはかなりのストレスであったらしい。みおの体は一瞬で悲鳴を上げた。

考えれば考えるほど苦しくなっていく呼吸。ひとりでどうにかするのは困難だと悟ったみおは、痺れてうまく動かない手でスマホを操作した。

「げほっ、はあ、はあっ!」

死ぬ。そう直感するほどに苦しい。いつの間にかみおの体は冷たいコンクリートに横たわっていた。

隆也、たすけて。
震える手はなんとか阿部隆也の連絡先を表示し、やっとの思いで通話ボタンを押した。
頼むから、出て、おねがい。

『おー、みお今どこいんの。三橋んちで飯食おーぜって……みお?どした?』
「っは、はあ、ごほっごほっ、はあっ、」

たすけにきてと言えたら。隆也とその名を呼べたら。縋るようにスマホを握りしめるが、声は出ない。苦しく呼吸が漏れるだけだ。みおの目からは大粒の涙がこぼれ、呼吸は落ち着くことを知らない。

『…おまっ、過呼吸か?どこにいる?声出せるか?』
応えられない。応えられたらどれだけ楽か。
『大丈夫。大丈夫だから。すぐそっち向かう。電話このままにしとけよ。』
ひときわ穏やかな声が聞こえて、みおは少し冷静さを取り戻した。
『深呼吸しようとしなくていいから。浅くでいいからな。息吐けそうなら吐いて。………そう、上手だぞ。』
電話口から阿部はみおを落ち着けようとする。その優しい声にみおの呼吸も少しだけ穏やかになった。しかし依然として苦しさは消えない。

「やっと見つけた、大丈夫か…!?」

耳にスマホを当てたまま、息を切らした阿部がいた。走って探してくれたらしい。
「はっ、はっ、たか、や、…っ!」
「よしよし、しんどかったな。1回体起こそうな。」
温かい体温がみおを包む。その安心感から再び涙がこぼれた。
「泣くともっとしんどいぞ…?怖かったな。よく頑張った。」
向かい合って抱き合う形になり、そのまま阿部はみおの背中をさする。羽織っていたジャージもみおにかけてやった。
「ちょっと吸って…長く吐いて…。そうそう、上手になってきた。体重かけて良いかんな…、大丈夫、大丈夫。」
「けほっ、あ、りがと、っ、ふう…。」
「おー。無理しなくていいぞ。喋れそうなら喋れよ?」
「ん、だいぶ楽になった…、しぬ、かと、っは、けほっ!」
思い出してまた苦しくなり、もたれかかったまま両手で口を押さえた。
「お前…昔っからそうだよな、それすんなって。押さえねーほうがいいから。それとも袋ほしい?」
阿部は優しくみおの手を解き、顔をのぞき込んだ。顔色は悪い。少し貧血もあるのだろう。みおはゆるゆると首を振って、先ほどと同様に穏やかな呼吸を心がけた。
「しっかし、久しぶりだな。みおが過呼吸なんて…、シニア以来か?シートノックですげー範囲走らされてた時とか?あん時はクセになって大変だったな。」
ははっ、と阿部が笑う。こんな風に本来面倒なはずの介抱も、阿部はなんなくやってのける。いともたやすく、なんてことないような顔をして。

そんな彼が、好きなのだ。

「ありがと、だいぶ治まった…。」
「そか、ほれ水飲め。一息ついたら三橋んち行くぞ。」
阿部は自身のエナメルバックから水筒を取り出し、差し出した。ありがたく受け取って口に含み、ゆっくりと飲み込んだ。
「しばらくキツイ運動なしだな。モモカンに言っとく。」
「いーよ、今日はたまたまだから。練習には支障ないって。」
「だめだ。無理させたくない。たまには彼氏ヅラさせてくれよ。」
ぽんぽんと頭を撫でられ、頬の温度がすこし上がった。
「…もうちょっと休んだら行こうな。」
阿部に再びもたれかかると、そっと抱き寄せられた。

隆也が彼氏でよかった。

その日はどちらからともなく手を繋いで帰ったのだった。








そうして苦しんでしまうのなら、




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