いち


5月の終わり。西浦高校は中間考査期間を迎えていた。監督の「試合に出させてあげない!」宣言で、10人しかいない部員たちは血眼になって勉強する。(一部例外を除いて。)

それはマネージャーの篠岡千代と高橋美桜も同じであった。試合の出場有無には関わらずとも、再試や補講がはいってしまったら、部活そのものに参加できなくなるからだ。

「…よしっ、中学の範囲もあるし、なんとか赤点は回避できそうだね!」
「…え?千代ちゃん本気で言ってる…?」

カタ、とペンを置いて息をついた千代とは対照的に、美桜はどんよりと暗い面持ちだ。

中学の範囲…いや、あるけど、それは分かるけどね、フツー覚えてなくない!?入試で詰め込んだ分全部抜け落ちてるわー!特に英語…。こんなの習ったか?じゅ、受動態ってなんだ、あっ、受け身かー!受け身って言えよなぁ…。

うーん、と唸る。千代は困ったように「あはは」と笑った。

「うぉ!しのーかとみお!ふたりもベンキョーか?」

教室で机を合わせて勉強をしていたその空間に、田島がやってきた。三橋も泉も一緒である。

「おー、9組の民たちよー。あんたらも勉強しなさいよねー。」

じゃなきゃ、試合に出させてあげない!と監督のマネをしてみた。3人は「わぁお」と身震いする。

「惜しいな!みおもオッパイおっきかったらもっとモモカンだったぞー!」
「えー?なぁにー?キコエナーイ…。」

ゆらり、と立ち上がった。くそぉ、英語へのイライラと田島の無神経さに腹が立つ…!

「やっべー、みおが怒ったぞ!三橋、逃げろぉ!」

げらげらと田島が笑った。三橋くんはおどおどしながら「高橋、さん、怒った!」と言った。いや、まぁ怒ってるっちゃ怒ってるけども。

「つーかよ、しのーかとみおも来るか?俺らこれからファミレスで勉強するんだ。」
「えっ、まじでか。」
「マジマジ。みんなで分担しあって教え合いっこすんの。特にコイツらがやべーかんな。」

泉が田島と三橋を引っ掴んで前に突き出した。いつもお疲れ様です、お母さん。

しかし、勉強会というのは惹かれるものがある。確か西広くんは超絶頭がいいらしい。これはチャンスではないだろうか。

「私、行く!」

ずびし、と手を挙げた。9組たちは「よしゃー、行こうぜ!」とノリノリである。

「千代ちゃんも行くよね!?」
「え、いや私は…早く帰るって言っちゃったし…。」
「Oh, no...」

私は頭を抱えた。これじゃあ紅一点じゃないか。いまさらやっぱり行かない、とも言えず私はしぶしぶカバンをとって荷物をまとめた。

「ごめんね…。ほんとに今日だけは無理なんだ…。」
「いいよいいよ!千代ちゃんが悪いわけじゃないし!しっかりばっちり勉強してくるから!」
「うん…。じゃあ、途中までは一緒に帰ろうよ!ファミレスなら帰り道だからさ!」
「もちろん!おっけー!行こっ!」

千代も荷物をまとめ、教室を出て玄関に行くと、野球部一同がいた。

「おっ!みお!やっと来た!」

私たちに気づいた田島は大きく手を振った。

「はないー!みお来たぞ!」
「っし!じゃあ移動すっぞー。あぶねーからあんま広がんなよ!」

わらわらと一同が自転車にまたがる。千代ちゃんは自転車だけど、私は自転車ではない。家が自転車圏内なんてもんじゃないくらい離れていて、いつも電車通学だからだ。

「え、ちょ…。」

おまえらぁぁぁぁ、うらぎったなぁぁぁぁぁ…!特に田島!なんなんだあいつ!

めらっ。今めらっとした。

「あはは…美桜ちゃん私の自転車使う?明日駅から学校に持って来てくれたらいいし!」
「あなたは天使か。」

めらっ、が落ち着いていった。千代ちゃんの優しさが染みるぜ。

マネジふたりが自転車について話している間に、集団が動き始めていた。遅れないようにと私も自転車にまたがる。…ん?またが…れ…ない!?

「うおぉ!?」

がっしゃーん。

「いたた…。あっちゃー、千代ちゃんごめん、自転車…。」
「自転車は別に大丈夫だよ!壊れてもないし!美桜ちゃんはへーき?」
「へーきへーき。忘れてた、私自転車乗れないんだった。」
「…それは忘れるとかのレベルじゃないと思うんだけど…。」

遠くの方から「だいじょーぶかぁ?」「すっげー音したぞ!」とみんなが声をかけてくれる。恥ずかしいことこの上ない。

「だいじょーぶ!」と声を上げたはいいものの、これ、走るフラグか…?


「はぁ、何してんの。…後ろ乗れば。」


スカートについた砂をはらっていると、頭上から声が聞こえた。阿部だ。わざわざ戻ってきてくれたらしい。

「…うー、…失礼します…。」

躊躇とか遠慮とか、そういうワンクッションを挟むべきだったんだと思うけど、一連の流れを見られておいていちいちためらっていたらさすがにイライラさせてしまうかなぁと思って、遠慮無く後ろにまたがった。…けど、これどうやって乗ればいいの。

とりあえずは無難に正面。でもこれはだめだ。荷台が内腿に食い込んでいたいし、何よりスカートで開脚してしまう。じゃあ横向きに。…これも不安定だ。曲がるとき絶対怖い。

「…あのさ、横向きに座ってつかまってくれたらいいと思うんだけど。」
「あ、なるほど!すいません何から何まで…。」

結局横向きに座った。スカートの裾を直して阿部の服の裾をつかんだ。私が座ったのを確認すると、阿部はゆっくりと漕ぎ始めた。千代も併走している。

「千代ちゃんも阿部くんもごめんね…。」
「いーよいーよ!ケガなくてよかった!」
「…つーか高橋ってチャリ乗れねンだな。」

優しい千代とは対照的に、割と辛辣な阿部様。これは三橋くんが怯えるのも頷けるよ、全く。

「昔は乗れてたような気がするんだけどなぁ…。あまりにも乗ってないから忘れちゃった。」
「チャリの乗り方忘れるヤツなかなかいねーぞ。」

阿部くんは苦笑い。ごもっともですよ、まったく。

その後しばらく中学の時の通学方法の話などで盛り上がった。千代ちゃんと阿部くんは同中らしい。ほー、と相槌を打っていると、千代ちゃんが「私こっちだから!勉強がんばってね!」と言って曲がっていった。

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