雨降って地固まる 信じられない。 渡狸は周りから見ても分かるくらいに顔をしかめて、苛々しながら学校へと歩いていた。 それは今朝の出来事へと遡る。 * 「はぁ!?告白!?」 ラウンジ内に響き渡るくらいの大きな声で渡狸は叫んだ。 声が大きいよ〜、と残夏はしーっと自分の口元に人差し指をおく。女子か。 残夏の言葉をもう一度反復してみる。 ―――そういえば昨日、青城の子から告白されちゃった〜 学生懐かしいなぁ、とまぁ当の本人は何でもなさそうな、っていうかしみじみと懐かしそうな表情を浮かべていた。 なんで、と口を開こうとすると、残夏は口元においてあった人差し指を渡狸の目の前にずいっと出す。 「そんな反応すると思ったから言わなかったんだよ〜」 この目は何でもお視通し☆と満面の笑みを浮かべた。 …言いたいこともお視通しってか。掴もうとした指された人差し指を通りすぎ、残夏の手首を強く握ってやる。左目が少し開かれて、人差し指がゆるりと力を失った。 「でも、」 「それにボクのことだしさ〜渡狸には関係ないよね〜」 でしょ?と残夏はにっこりと笑う。 ……関係ない? なんだよ、それ。 渡狸の目が大きく見開かれ、残夏を捕えた。 「か…」 「そ。いくら渡狸でも関係、」 手首を離し、席を荒々しく立つ。残夏の呼ぶ声に振り向きもせずに、ラウンジの扉に手をかけて思い切り音を立てて閉めた。 * そして現在にいたる。 学校に着くなり、渡狸は机に突っ伏した。モヤモヤと色々な感情が沸々と沸き上がる。 何が「渡狸には関係ないよね〜」だ。関係ないけど、確かに関係ないけど。でも恋人としては気になるもんだろ。俺の思考が女々しいのか?俺が女々しいだけなのか?でも言い方ってもんもあるだろ第一、 「…くん、渡狸くん!」 「あ?」 不機嫌そうに顔を上げると、目の前の女子たちがびくっと肩を上げた。 「あ、えと、ごめん。」 寝不足なんだ、と笑うと女子がほっとため息を吐く。 「えと、なんか用だったか?」 「へっ…!」 真ん中の割と可愛い子がほんのりと頬を赤く染めた。えと、と戸惑いながら視線を泳がせた。隣の女子がしびれを切らせたように、口を開く。 「この子、渡狸くんにいっつも付き添ってるあの兎耳のスーツの人…えと、夏目さん?が気になってるみたいで、」 夏目。渡狸が地雷を踏まれたかのようにぴくり、と固まる。それに目の前の女子は気付かずに、ペラペラと喋り続けた。要するに残夏のことが知りたいというものだ。お願いね?と一方的に告げたあと、女子達はさっさと自分達の教室に帰って行った。 放心状態から、ふらりと机に突っ伏す。……やっぱり残夏ってモテるんだなぁ。小さい頃から女子によく告白されてたし、あぁそういえばあいつ童貞じゃないもんなー、勝手に嫉妬して、勝手に怒って。 「何やってんだろ、俺。」 ぽつり、と呟いて目を閉じた。 * 「…ぬき…わたぬき、渡狸。」 自分を呼ぶ声に目を覚ます。 「カルタ……?」 「かえろ、渡狸。ちよちゃんは先、帰ったよ。」 ―――かえった? 時計をみると、もう下校時間を差していた。見渡すと、周りはみな帰る準備を始めている。慌てて立ち上がると口に何かを詰められた。 「っむぐ!?」 「…お昼、食べてないでしょ。」 うなされてたから起こせなかった、と少し心配そうに見つめてきた。そういえばお腹空いてたなぁ。 「…はふは……」 「早く食べて、かえろ。」 口に入ったメロンパンを食べきると、鞄を片手にさげた。 「ありがとな、カルタ。」 寮に帰ったら謝んないとなぁ。 まだぼーっとする頭で、そんなことを考えながら歩いていると、カルタが小さく声をあげてぴたりと動きを止めた。 「?どうし、」 ……あぁ、そういうこと。 目の前で今朝の可愛い女子が残夏と楽しそうに談笑していた。ぼーっとする頭では、怒る気にもなれない。カルタが大丈夫かと言わんばかりの瞳で、こちらを伺うように見上げてくる。大丈夫だ、と頭を撫でると何も言わずに歩きだした。目の前の女子がこちらに気付くと、駆け寄ってくる。 「渡狸くん!」 「……なに?」 ちょっと、と手招きをされて嫌々ながら女子に耳を近付けた。耳元に手をあてられる。 「あんまり喧嘩しちゃだめだよ?」 お幸せにね、と耳元で小さく囁かれた。 驚いて女子を見つめると彼女はニコニコと笑顔で。ばいばーい、と言うなり校門へと走っていった。 「え、ちょ、」 今のってどういうこと。囁かれた言葉が渡狸のなかをぐるぐると回っていく。 「渡狸。」 心臓が聞き覚えのある声に対して脈をうちはじめて、ゆっくりと顔をあげる。 「……残夏。」 ほら、やっぱりそうだ。大好きで仕方ない彼の声を間違えるはずがない。 「おかえり。」 そう言って笑う残夏がかっこよくて愛しくて抱き締めたくなった。 けど、 その前に言わなきゃ。 いつの間にか目に溜まっていた涙を拭いて、頭を少しうなだれる。 「……ごめんなさい。」 あはは、と笑われて頭を優しく撫でられた。 「ボクもごめんね?」 キツく言いすぎちゃった、とわしゃわしゃと両手で頭を掻き乱される。 「ちょっ、頭っ!」 「え〜楽しかったのに〜」 とケラケラ笑うとカルタの手と渡狸の手を取り、家路を歩きだした。 ―――うわ、手、 握られた手と頬がほんのりと熱くなる。恥ずかしくなって思わず離そうとすると、カルタと楽しげに話しているにも関わらずにさりげなく恋人繋ぎにされる。 「っ…!!」 カルタの方の手をみると、別に普通で。 ―――なんだこれ、特別ってこと?ねぇ。 ちらり、と残夏を盗み見るといつの間にかこちらを見つめていて、普段とは違う笑みを浮かべていた。あとでね、とゆっくりと口の動きだけで伝えられると、またいつもの笑みでカルタと話し始める。 …心臓がばくばくと音をたてはじめた。 やばい、なんだよ、それ、 嬉しさとか恥ずかしさとかをきゅうと噛み締めて、下を向きながら、こっそり握り返した。 * 渡狸は、ラフな格好で自分の部屋をうろうろとしていた。帰り際の言葉と、お風呂上がりの言葉を思い出す。 あとで会いに行くから、なんて言われてどんな顔で会えば良いんだっつーの!! ばふん、とベッドに寝転がってごろごろと転げ回った。 ―――ピンポーン 軽快なチャイムの音にびくり、と動きがとまる。 やばい、きた、 ごほん、と咳払いをして何でもないようにドアを開ける。すると、相手を確認する間もなく性急な口付けをされた。 …でも、匂いや、舌の使い方、後ろにあてられている手のさりげなさ、その他諸々で誰かくらいすぐ分かる。抵抗することもなく、されるがままにしていると、彼は後ろ手でドアを閉めた。 渡狸の口内を犯しつつ、靴を脱ぐと、玄関付近で傾れ込む。やっと唇が離れて、渡狸は肩で息をする。 「っん、はぁっ…はぁっ…」 「渡狸、」 「っはぁ、ざんげ、…?」 ちゅ、と額にキスを落とされた。ごめん優しくできないかも、なんて珍しく荒々しい彼に思わず笑ってしまう。 「…渡狸のくせに生意気〜」 「あははっ、だって残夏が、あははっ!」 「ちょっと傷付いた〜…」 お返しとばかりにちゅうと首筋に吸い付かれる。不意打ちのそれに、口から甘ったるい声が漏れた。あ、このままだとここで情事が始められちゃうかも、なんて僅かな理性で考えると、残夏の頭を抱き締めて、ベッドがいい、と囁いた。 残夏の動きがぴたりと止まる。 「どこでそんな誘い文句覚えたの〜?」 残夏にひょいと抱きかかえられた。 「ははは、どこだろうな?」 「またお預け〜…」 クスクスと2人で笑いながら、ベッドに下ろされて押し倒される。 「残夏、」 「ん?」 ちょいちょいと手招きして、残夏の耳に近付く。大好き、と小さく囁くと残夏が手首を強く掴んできた。 あ、本気にさせちゃった、 「今夜は寝かせないから。」 そう言うと、挑戦的な言葉とは裏腹に優しく甘ったるいキスをされる。 なんだよこいつ、もうやだ、だいすき |