ル イ ラ ン ノ キ


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彼女の仲間等と言葉を交わし、最後にもう一曲だけ捧げることになった。
彼女とは異なり、彼等は希望に満ち溢れている。共に旅をする仲間だというのに、この違いはどこから来るものか……
 
「リクエストはあるのか?」
「そうですね……安心出来るような曲はありますか?」
 と、仲間の一人、ルイという名の男が言った。
 
意味深なリクエストは、彼女に意識を向けて言った言葉に思えた。
 
「……いいだろう」
 
弦を弾いて音を鳴らし、彼女へと気を集中させた。彼女から伝わる悲しみを包み込むように、曲を奏でた。けれど、すべての音が跳ね返されるばかりで彼女の闇へと響かせることは出来なかった。
曲が終わる頃には汗が額から流れ落ちた。
 
「すまない……彼女を癒すことは出来なかった」
「いえ……大丈夫ですよ」
 と、男は穏やかに答えた。
「彼女は計り知れない悲しみを抱えているようだが」
「えぇ……彼女は自らの意思ではなく、膨大な使命を背負わされここにいる。逃れられない運命に立ち向かっているのです」
 男は先に歩いて行く彼女の背中を見つめた。 
「貴方の力は素晴らしいですね。噂には聞いていました。癒しの力を持った、世を響かす吟遊詩人がいると」
「残念だが、力があるのはこの竪琴だ」
「その力を操っているのは貴方でしょう?」
「まぁ……そうだが」
「貴方は本気で彼女が抱える闇から救い出そうとしてくださりました」
「…………」
 
その時、男が私とまだ話をしていることに気付いた彼女が遠くで叫んだ。
 
「ルイー! なにしてるのー?」
 
「……そろそろ行きますね」
「仲間を待たせて悪いが、最後にひとついいか?」
「なんでしょう?」
「彼女は使命を果たせると?」
「……貴方はどう思われますか?」
「彼女の力がどれほどのものか、彼女の存在が与える影響がどれほどのものか知らないが、私が彼女から感じた悲しみはごく一部に過ぎない。それでも……旅を続ける君達に酷いことを言うようだが、彼女が“世界を救えるとは思えない”」
 
「…………」
 男は眉をひそめて俯いた。
 
もし、彼女が抱えている悲しみの全てを受けてしまえば、私は立ち上がれなくなるだろう。ほんの一部の悲しみしか感じ取れていないというのに、絶望に近い痛みが襲う。
 
「彼女の心に、世界を救う“希望”は無いのでしょうか……」
「残念だが、彼女の心に見えた光はこの世界へ向けられたものではない」
「どういうことですか……?」
「彼女が持つ強い光は、別の世界へ向けられた光だ」
「…………」
「彼女は“帰る為”に動いている。時折、自分を奮い立たせる為にそれだけでなくこの世界へ目を向けることもあるようだが」
「…………」
「自分の世界を忘れ、この世界を救いたいが為だけに光が傾けば、希望はあるだろう。選ばれた程の力があるならば、あとは彼女の意思次第だ」
「はい……」
「……いや、やはり先程の発言は訂正しておこう。私は彼女が……いや、君達が世界を救えると信じている」
「え……?」
「君達がいれば、大丈夫だろう」
「どういう意味でしょうか……」
「彼女は独りではないということだ。人の心は変わりゆくものであろう」
   
「ルイー! なにやってだッ」
 男を待っている仲間が再び叫んだ。
 
「引き止めてすまなかったな」
「いえ。貴方と会えたこと、話が出来たこと、感謝します」
「……私もだ。君達の幸運を祈っている」
「有り難うございます。またいつか会いましょう」
「そうだな……世界が救われた頃に」
 
「はい、世界が救われた頃に、必ず」
 
男は笑顔で私に背を向け、仲間の方へと走って行った。
彼等の姿が見えなくなった頃、彼等を見送る曲を奏でた。
彼等を讃え、彼等の力になる曲を。
 
古びた竪琴の音色は、旅する者の心へと浸透してゆく。
長き旅によって心に生まれた傷を癒す。そしてまた、新たに歩みを進める力を授ける。
 
「今夜は良い夢が見れそうだ……」
 奏で終え、ねぐらに戻ろうとしたときだった。    
「?! ゲホッ!! ゲホッ……」
 私の体を蝕む病が暴れ回る。
 
──欠けた月は、闇に響く音色を聴きながら何を想うだろう。
 
「……世界が救われた頃か」
 
 人々を見下ろし、何を想うだろう。
 世界を見下ろし、何を想うだろう。
 
「生きていれば、な……」
 
 
ただそこにあるだけの月よ
消えてゆく魂を見て、何を想う    
何を見、何を想い、この地に光を降ろすのだろう。
 
「そこから見ていたのだろう……?」
 
 
  見ていたのだろう ?
 
  私の消えた故郷を……
 

end - Thank you

お粗末さまでした。


≪あとがき≫
※この話の詳細は、Voice of mind(本編)よりご覧頂けます。

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©Kamikawa

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