voice of mind - by ルイランノキ


 隔靴掻痒1…『お薬』

 
人は命があるから生きている。
この肉体も、命という魂が宿っているから動いている。
 
この器から魂から抜けてしまったら
この器はただの肉のかたまりになる。
 
じゃあ抜けた魂はどこへ行くのだろう。
 
天国? 地獄? 死後の世界?
それとも、無の世界?
 
そんなの、死んでみなければわからない。
 
 
それは私が生まれた世界での話。
 
━━━━━━━━━━━
 

 
キャラに似合わず眠り続けているシドの帰りを待ちながら、アールたちはロープウェイがあるペンテール村へ戻った。ペンテールは南側が町とし、ロープウェイで山を越えた先の北側を村とした。
一行はここから再び数日間かけて森を通ってアリアンの塔へ向かわなければならなかった。
 
時刻は午前11時過ぎ。もうすぐ正午を迎えようとしている。
 
「少し早いですが、お昼休憩にしましょうか」
 ルイがそう声を掛けたのには訳があった。
 
戦闘続きでアールの疲労が顔に出ていたからだ。額からは汗が滴り落ち、呼吸を整える間もなく魔物が現れる。前回来たときは組織の人間が一緒だった。けれど今回は違う。ヴァイス、カイ、ルイがアールに負担を掛けまいと率先して動き回るものの、魔物はアールを標的に捕らえて彼女に襲い掛かることが多い。理由はアールが“メス”だからである。メスはオスよりも弱い生き物だと本能にインプットされているのだろう。
 
「でもまた……来てる」
 アールが視線を向けた先に、また魔物が現れた。
 ヴァイスが魔物の額に銃弾を撃ち込んだ。
「確かもう少し歩いた先に木々が途絶えている場所があったはずです。そこまで頑張りましょう」
 
こちらの人数が少ないと、襲撃してくる魔物の数が増える。数が多ければ怯んでしまうのは魔物も人間も同じだ。
 
「…………」
 
アールは荒い呼吸を繰り返しながら、視界に入ってくる4本足の魔物を1匹ずつ正確に捕らえて行った。木々が邪魔をして自由を失う。シドの戦い方を思い出しながら、木々が生えている位置と魔物の位置、そして動きを読んだ。
 
── 一 斉 に 殺 せ た ら い い の に 。
 
「めんどくさ……」
 誰にも聞こえない声で、アールは呟いた。
 
視界の端が微かに黒く歪む。
 
ルイは密集していた木々が途絶えた場所に結界を張った。テントといつもの6人掛けのテーブルを出しても余裕がある広さだ。組織の人間と通ったときは止まることなく通り過ぎた場所だった。今回は戦闘に手こずり、思ったより距離を進めなかったせいもあって暫しの休息を取る。
足元には足首まである鮮やかな緑の草が生い茂っており、小さな虫が時折顔を出した。
テントを出すとカイが寝てしまうため、テントは出さずにテーブルだけを出して昼食の準備を始める。いつもはすぐにどこかへ行ってしまうヴァイスも、椅子に腰掛けて森の中を眺めている。カイは椅子を並べて横になり、空を見上げた。アールも椅子に腰掛け、テーブルに顔を伏せた。さすがに疲れた。
 
「昼食が出来るまで、なにか飲まれますか?」
「俺っちピーチジュース」
 と、カイは答えながら携帯電話を取り出した。シドのことで連絡が来ていないか確認するが、誰からの着信もない。
「すみません……ピーチはありません」
「バナナジュース」
「バナナもありません。お茶、コーヒー、紅茶、オレンジジュースならありますよ」
「オレンジ!」
「わかりました。アールさんは?」
「んー…」
 と、伏せていた顔を上げた。「私もオレンジ」
「かしこまりました。ヴァイスさんは?」
「ブラックコーヒーを」
「かしこまりました」
 
ルイはテキパキと飲み物を用意する。オレンジジュースは安かったこととたまにはと買ってみたのだが、アールもカイも選んだとなると今後も購入を検討する。
 
それぞれ喉の渇きを潤しながら、まったりとした時間を……過ごしたいところだが、魔物は結界などお構いなしにやってきては結界の壁に激突したり結界の屋根に上ったり結界の周囲をうろちょろしたりと忙しい。
 
「サルいないね」
 と、アールはオレンジジュースを飲みながら行った。
 
ネロモンキーのことである。
 
「あいつ嫌い。俺殺されるとこだったしー」
 と、カイ。
「好きな魔物なんているの?」
「好きなモンスターはスーちん」
「あぁ! それなら私も」
 と、テーブルの上で小鉢に入れた水に浸かっているスーを見遣った。
 
昼食が出来上がると黙々と食べ進めた。食事を口に運びながら、もっと効率よく戦う方法を思考する。カイは木々が密集している場所ではブーメランを飛ばせない。あまり戦力にはならなかった。目の前に迫ってきた魔物に打撃を与えるくらいだ。その点ヴァイスは狭い場所でも対応できる。ただ、動きの早い魔物は厄介だった。木々の後ろに隠れたり顔を出したりとその身に銃弾を撃ち込むタイミングが難しい。
 
「ちっこいブーメランとかないかなぁ。殺傷能力のある」
 と、誰よりも早く食べ終えたカイが、そう言いながら水を一気に飲み干した。
「パウゼ町に武器屋はありませんでしたか?」
 ルイは食事を中断し、カイが食べ終えた食器を重ねてからカイがこぼしたものを布巾で拭いた。
「わかんない。そんときは新しい武器が欲しいとか思わなかったし」
「小さいブーメランで攻撃性のあるもの、ですか」
「刃がついてるやつとか?」
 と、アール。
「それがいいかなぁ。でもチャクラムはやだ。こわーい」
「丸いやつか……確かに戦ってるときに飛び回ってたら怖い。ブーメランもたまに怖いもん。当たるんじゃないかと思って」
「そこは俺っちのコントロール次第っしょ」
「じゃあせめてVRCで使い込んで慣れてからにしてね」
「そういえばVRCに行く予定だったのを忘れておりました」
 と、ルイ。
「会員カード作らなきゃね。結構デザインかっこいいの」
「まじ?! 作りたーい。何色?」
 と、単純である。
「ブラックカード」
「えーゴールドがいい」
「ゴールド会員になればいいじゃない」
「そんなのあるの?!」
「わかんないけど」
 
全員の食事が終わると、ルイは食器を洗い始める。ヴァイスがスーを連れて探索に出かけたため、カイはヴァイスの椅子を貰って並べ、また横になった。
アールはテーブルを拭きながら、ルイを見遣った。
 
「ルイ、風邪薬飲んだ?」
 ルイはまだ時折、空咳をしていた。
「これが終わったら、きちんと飲みます」
「熱とかはないの?」
「えぇ、大丈夫です。悪化しないよう、気をつけますね」
「…………」
 
熱があっても、ルイのことだからないと言いそうだ。顔色は悪いようには見えない。息苦しそうでも無い。
ルイはアールの視線に気づき、笑顔を見せた。
 
「本当に、大丈夫ですよ?」
「それならいいけど……無理しないでね? 絶対」
「えぇ」
「約束してね」
「えぇ、わかりました。無理はしません」
「食器私が洗おうか?」
「大丈夫ですよ」
「…………」
「無理もしていませんからね」
 

[*prev] [next#]

[しおりを挟む]

[top]
©Kamikawa
Thank you...
- ナノ -