voice of mind - by ルイランノキ |
何かに呼ばれた気がした。
はじめはそれがなにかはわからなかった。
シキンチャク袋から声がする。
意思表示の声がする。
その声がタケルだと気づくのに
時間は掛からなかった。
あなたも
心配していたんだね 。
ずっと、私たちの側で。
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「シドさんッ!」
と、ルイが駆け寄ったとき、森の方からカイも慌てた様子で走ってきた。
押し倒したベンの頬に、シドの涙が落ちた。
「なんでっ……なんでッ!」
「悪かったよ」
「ふざけんなよ……」
と、怒りに震える声で言った。
「そう怒るなよ」
その一言に、シドは刀から手を離してベンの顔を思いっきり殴ると、胸倉を掴んだ。
「ずっと騙してたのかッ!? 俺もッ、姉もッ!!」
「お姉さんは優しいねぇ。俺より嘘をつくのが上手いよ」
「なん、だと……」
「だって、襲われそうになったところをシドが助けたって言ったんだろう? あとはなんだっけ? お金をちらつかせて一件落着? バカにされたもんだなぁ」
「…………」
シドの目が血走り、胸倉を掴んでいた手を離した。
「ちゃーんと、遊ばせてもらったよ。物足りなかったからヤーナやエレーナちゃんも呼んで来てって言ったら、自分にならなにしてもいい、お金も払うからきょうだいには手を出さないでくれって言ったんだ。健気だよねぇ。惚れちゃうよ」
シド
私のやり方は正解だったのかな
知らなくていいことまで知ってしまった
お姉さんがひたすらに身を削って隠し続けてきたことを
知ってしまった……
シドは手放した刀を掴むと、ニタニタと笑うベンの顔に振り下ろした。
知らなかったの 私も
ここまで
こいつは腐っていたなんて
ベンはシドを突き飛ばして攻撃を回避すると、体を起こして武器を構えた。
二人は向かい合わせに立ち、怒りに満ちた形相で睨み合った。
「俺を殺すか? 育ててやったのに。恩を仇で返すのか」
シドはもうなにも言わなかった。彼の心はベンを殺したい感情だけで埋め尽くされていた。二人の戦闘がはじまり、アールはふらつきながら後ずさりをした。石段から落ちそうになり、駆け寄ったルイに助けられた。
「アールさん……下がっていましょう」
「でも……」
「シドさんは負けませんよ」
「…………」
アールは無言で頷くと、ルイと一緒にシドたちから距離を取った。
「どうするの……」
息もする間もなく攻撃を繰り返す二人の戦闘を眺めながらカイが言った。
「これはふたりの問題ですから……。ですが、もしものときは手を貸します」
「私知らなかった……。ベンさんがあそこまで最低だったなんて……」
血しぶきが飛んだ。アールたちにはどちらの血が流れたのかも判断できなかった。ただ呆然と鍔音を聞きながら目の前の光景を眺めることしかできなかった。
アールの元に、スーを連れたヴァイスがやってきた。
「決着がついたらどうなる」
「そんなのわかんないよ……」
どんなことがあっても人を殺してはいけない。
そんな自分の世界にある綺麗事は忘れてしまった。
殺してしまえと応援しているわけじゃない。
ただ、負けないでと思っていた。
それは結果的にベンを殺せと願っているのと同じだけれど
止めようとはしなかった。
誰も。
だから段々と麻痺してくるんだ。
殺してもいいのかなって。
この世界には
殺していい人間がいるのかなって……
ヴァイスは崖の上に誰かが立っているのが見えた。
その瞬間、断末魔の声が響いた。シドの刀がベンの喉を切り裂き、首をスパンと刎ねたのである。
アールは心の中でほんの一瞬「やった!」と思った。その感情に疑問を抱く暇も無く、彼女の首を絞めた人物がいた。──いつの間にか隣にいたカイである。
「ぐっ?!」
突然カイに首を絞められ、意識が飛びそうになった。
「カイさんッ?!」
何が起きたのかわからないままルイとヴァイスは慌ててカイをアールから引き離そうとした。
その様子を息を切らしたシドが見遣り、崖の上にいるジョーカーに目を向けた。ジョーカーはカイたちに向けて手の平を翳している。
「…………」
怒りが収まらないシドは、首のないベンに近づくと、刀の先をスッと心臓部分に差し込んだ。それから転がっていた頭に近づき、髪の毛を鷲掴みにして持ち上げた。
「気にくわねぇ……なにもかも気にくわねぇ……」
ヒラリーを見ていたその目も、ヒラリーの肌の匂いを嗅いだ鼻も触れたであろう口も手も足もなにもかも全て。
「……死ねよ」
もうとっくに息のないベンにそう言って頭を体の横に置き、ルイを見遣った。
ルイとヴァイスがアールからカイを引き離すと、アールは顔を真っ赤にしてゲホゲホと咳き込んだ。
「カイさん?! しっかりしてくださいッ!!」
カイの目を見遣ると、焦点が定まっていなかった。
「あいつか……」
と、ヴァイスがジョーカーを見据える。ルイもジョーカーに目を向けた。
「ジョーカーを見るなッ!!」
シドが叫んだときにはもう手遅れだった。ルイもヴァイスも表情を無くし、操り人形のようにアールに体を向けると、彼女を見下ろした。
「クソッ! おいスライム! いるんだろ?!」
シドはベンの血がついた刀を払って、アールの元に駆け寄った。
アールは絶句した。カイもヴァイスもルイも、自分を殺しに掛かってきたからである。
「うそでしょ……」
ヴァイスが腰の銃を引き抜いたのを見て、「ごめん!!」と叫びながら足で蹴り上げた。ヴァイスの銃が空へと弾かれた。シドの刀の背が、アールに向かって振り下ろされようとしていたルイのロッドを撥ねる。ヴァイスよりも先に銃を奪おうとしたアールだったが、ヴァイスの動きには敵わなかった。額に銃口を押し当てられる。
スーは困惑しながらヴァイスの肩から地面に降り立ち、シドを見上げた。シドはスーを一瞥し、正気を失ったルイからの攻撃を交わしながら言った。
「ジョーカーをどうにかしろ! あいつが操ってるっ!」
スーは崖の上にいるジョーカーを見つけると、ちょうどジョーカーに飛び掛ろうとしているジャックの姿が見えた。しかしジャックもいとも簡単に操られ、崖の下へと落とされた。
「お前だけが頼りだ」
シドはスーにそう言った。
スーは慌ててジョーカーの元へと向かう。
Thank you... |