ル イ ラ ン ノ キ


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続く物語
- 4000hit 感謝記念作品 -
 
読んだ小説の並べ方に迷う。私は小説を読むのが好きだ。漫画よりも小説が好きで、イマイチだった小説も読破した本コレクションとして本棚に並べる。一冊ずつ増えていくのが楽しかったりするし、本棚が一段ずつ埋まっていく達成感や満足感はたまらない。
ただ、並べる度に迷うのは、並べ方だ。初めは読んだ順に並べていたけれど、同じ作家の本が増えていったから作家順に並べるようになった。けれど、ジャンルや出版社によって背表紙の“色”が違うことが気に入らない。例えばとある作家さんが集英社から出した小説の背表紙は黄色なのだけど、同じ作家さんでも角川ホラー文庫は背表紙が黒。かと思えば新潮文庫から出された本は緑色で、本棚に並べると色がバラバラで纏まりがなく見えるのだ。
しかし色別に並べると見栄えはいいけれど作家はバラバラになる。
 
『俺は好きな順に並べてるよ。増えてきたらランキングをつけるのも大変だけどな』
 彼はそう言った。目から鱗だ。ランキング順に並べる人なんて初めて聞いた。
 
私は携帯電話を片手に電話をしながら、反対側の手で本棚の整理をしていた。
 
「それって本棚に並べたときに見た目がバラバラになるんじゃない? 気にならないの?」
『まぁ俺は大雑把なとこあるし、そんなの気にしないけど、バラバラなのも案外いいよ』
「なにそれ」
『綺麗に並べてるよりさ、沢山読んでる感が出るんだよ』
「意味わかんないんだけど」
 
私はくすりと笑った。彼と出会ったのはSNSサイトのコミュニティだった。
本好きが集まるコミュニティで、彼とは本の趣味が合うし、同じ地域に住んでいたから本以外の世間話も出来た。だから自然と仲良くなっていった。
 
サイト内で一年くらいやり取りをしていたかな。彼は一度もメールアドレスを訊いてこなかったし、自撮り写真の要求もしてこなかったし、もちろん会おうなどという誘いもしてこなかった。面白い本を見つけたら報告し合ったり、最近雨続きで嫌になるねってたわいのない会話をする程度だった。
だからかな、私のほうが彼を知りたくなったんだ。
 
私は軽い男には端から興味がなくて、すぐに会おうとか顔が見たいとかアドレスを聞いてくるような男にはもう返事すら返さなかった。そのせいで、なかなかネット上だけで長続きできる異性の友達が出来なかったんだけど、彼だけは違った。
アドレスを教えるくらいいいじゃんって友達に言われたけれど、ネット上でやり取りができるのにメールアドレスを教える意味がわからないし。いちいちネットにアクセスするのが面倒だからと言われたこともあったけれど、アクセスするだけのことを面倒に思うようなめんどくさがり屋とは付き合えそうにないし。
そんな話を彼にしたら、大いに共感してくれた。そういった類のメールは女性からはあまり来ないけれど、積極的な女性はいるし軽い女性もいるし業者もいるからわかるんだって。
私はますます彼の人間性に惹かれていった。恋したわけではない。さすがに恋に恋するほど若くはなかったから、相手に会ったこともないのに想像だけで惚れるなんてことはなかったけれど、人としては好きだった。
なんていうのかな、それは異性の友達じゃなくて同性の友達に対しても抱く感情。気が合って、この子とメールするのは楽しいとか、どこか尊敬できる価値観の持ち主だったり、素敵な人だなって思う感情。
 
彼に会ってみたいと思ったのは、彼からこんなメールが来たときだった。
 
【最近、古本屋に嵌まってて色々買いあさってるんだけど、古本が苦手な人って多いよな。俺の友達で本好きがいるんだけど、そいつ潔癖症ってほどじゃないけど、なんか中古本はダメらしくて。いつもは一緒に本屋行くんだけど古本屋だけはついてこないんだよね(笑) 今度また行く予定なんだけど、なんかオススメある?】
 このメールを読んだときに即効、
【一緒に行きたいです】
 と、返事を打ってしまいそうになった。
 
思い止まったのは、彼も私と同じだったからだ。──軽い人が苦手。
軽いと思われたくなかった。決して軽々しい気持ちで会いたいと思ったわけじゃない。気が合うし、本の趣味が合うし、私も時々古本屋に行くから一緒に本について語れたらとか、そんな風に思っただけ。別にその後の展開を期待しているとかは全くなくて。
でも彼からしてみたらどうなのだろう。女のほうから会いたいとか言われたら引くかもしれない。それに、会うことをきっかけにそれ以上の関係を期待されても困る。
 
結局私は、最近読んで面白かった本をいくつか書いて送信した。彼からはお礼と、またメールしますという返事が来た。
 
『なんかさ、漫画家の机ってごちゃごちゃしてるイメージない?』
 
電話の向こうから彼の声がして、我に返る。一瞬、なんの話をしていたのか忘れてしまった。
 
「漫画家?」
 手に持っていた本を棚に置いた。
『例えば、だよ。漫画家に限らず“出来る人”のオフィスの机ってごちゃごちゃしてるイメージがあるんだけど』
「確かにそうだね」
『机の上が綺麗な人より仕事してる感がするだろ? それと同じだよ』
「…………」
 
私は空(くう)を見遣った。なにと同じだって? つい数秒前の会話の記憶を辿る。
 
バラバラなのも案外いいよ。綺麗に並べてるよりさ、沢山読んでる感が出るんだよ
 
あぁ、と思い出す。本の並べ方について話していたんだった。いきなり漫画家の話になったから、話がそれたのかと思った。
 
「そんなもんかなぁ」
『そんなもんだよ』
 
なんだかよくわからないけど、彼の考え方は面白くて嫌いじゃない。
私が彼との距離を縮めたのは、ある一冊の本がきっかけだった。 私がネットで色んなジャンルの本を紹介しているブログを見つけて好んでチェックしていたとき、気になる本があったのだ。早速ネットで注文しようと思ったけれど、随分と古くてマイナーな作品だったからか、どこにも売っていなかった。近所にある大手の本屋さんに足を運んでみたけれど、そこにもおいていなかった。ここまでしても見つからないと、余計に気になってしまう私の性質。それは彼も同じだった。
 
【じゃあ俺も近場の本屋で探してみるよ】
 
最初は本気で言ったわけじゃないと思っていたけれど、一週間もしない内に報告メールが届いた。
 
【T市にある大手の古本屋はだいたい当たってみたけど、見つからなかった。もうちょっと探してみるよ。俺も気になるし】
 
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだったけれど、本当に探してくれたことが嬉しかった。
 
それからまた一週間しない内に、とうとう探し求めていた本を見つけることが出来た。散々探してもらったのに悪いなと思った。見つけたのは私だったから。
その本はオークションサイトで中古として売られていた。状態は普通らしい。100円スタートで、入札はゼロ。迷わず私は購入して、彼に報告した。
 
結局私が入札したあと、競う相手もおらず、100円のまま購入することが出来た。散々苦労して見つけた本だ。思わず期待が膨らむが、期待しすぎてガッカリするのは避けたかった。
なかなか見つからないほどマイナーな本だ。面白い内容ならもっと有名になっているはずだ。そう思いながらハードルを下げて最初のページを開いた。
 

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