ル イ ラ ン ノ キ


 優しい嘘つき

 
雪が音もなく空から落ちてきた。
それを手の平でキャッチして、溶けてゆくのを眺めた。
 
「お待たせ」
 
その声に反応して思わず振り返ってしまう。知らない女が、俺の隣で待っていた男の腕にしがみ付いて幸せそうに笑っている姿が目に入り、胸が苦しくなった。
なんでこんな場所で待ち合わせなんか……。
ここは恋人達が待ち合わせ場所として使う定番のスポット。拷問かよと思う。
 
「お・ま・た・せ!」
 
今度は低い声が聞こえ、声の持ち主を睨みつけた。
 
「待たせんな」
「えー、ごめぇーん。準備に時間かかっちゃったぁー」
 
周囲のカップルが異様なものでも見るような視線を向けてくる。
 
「誤解されるからその喋り方やめろ……」
「だははは、わりぃわりぃ」
 と、いたずらっ子の様に笑ったのは東吾だった。
 
今年のクリスマスも、野朗と二人きりだ。こいつとクリスマスを過ごすのは今回で3回目。その前は、彼女がいた。
 
「おまえ今年も彼女と過ごさなくていいのかよ」
「仕事で忙しいんだとよ」
 そう言って歩き出す東吾の後ろをついて歩きながら、複雑な感情を抱いていた。
 
東吾に彼女なんかいない。
それを知ったのは去年だった。一昨年まではいたものの、クリスマスをすっぽかされて彼女の方から別れを告げられたらしい。俺はそれを共通の友人から聞いただけで、本人の口からは聞いていない。
 
なぜ嘘をつき続けているのか、薄々感づいている。優しさの嘘なら、このまま気づいていないふりをしようと思った。
 
「今年もカラオケでいいよな?」
 と、東吾は振り返る。
「あぁ。男と高級なレストランで食事したって虚しいだけだろ」
「だよなー!」
 
3年前、俺の彼女が不慮の事故で亡くなった。
寒くなり始めた10月。一緒に過ごそうねと早々と約束をしていたクリスマスの二ヶ月前だった。
 
「今年も俺がおごってやるからな」
 と、去年同様、東吾は言う。
「…………」
「なんだよ、不満?」
「いや、今年は俺がおごるよ」
「いいって。せっかくのクリスマスを彼女と過ごせない可哀相な俺に付き合ってもらってんだから俺が出すよ」
 
彼女を事故で亡くしたその年のクリスマスに、東吾から連絡があった。「彼女からクリスマスの予定をキャンセルされたから付き合え」とのことだった。
彼女を亡くして二ヶ月しか経っていない俺を誘うか? 苛立ちが募った。でも、世間では幸せそうなカップルで溢れている中で独りでいたら心が壊れてしまいそうだった。
 
「彼女とは上手くいってんのかよ」
 とっくに別れていると知っておきながらこんな質問をする。
「まーね。もしかしたら同棲するかもなー」
「そりゃよかったな」
 
こいつは昔から俺に優しかった。俺に恩を感じているんだと思う。高校生のときにイジメにあっていた東吾を助けたのがきっかけで仲良くなった。イジメといってもありもしない悪い噂を流されたり物を盗まれたり陰口を言われたりだ。こいつがイジメられていたのだって、学年一の美人と付き合っていたから嫉んだ奴らがいただけの話。本人はあんま気にしていないようだったけれど。
だから俺の彼女が死んだと知って、自分の彼女と過ごす予定だったクリスマスをキャンセルして俺に連絡してきたんだと思う。自意識過剰な考えかと思って共通の友人に話したら、「よくわかってんじゃん。愛されてんね、お前」などと笑っていた。
 
彼女と別れたなんて言えば、俺が自分を責めると思っているんだろう。
 
「ホワイトクリスマスってまたロマンチックだよなー」
 と、のん気に空を見上げる東吾を見ながら、俺はこいつの幸せを奪っているんだなと思う。
「男といてもロマンチックじゃねーよ」
 
俺に新しい彼女でも出来ればこいつも安心して自分の幸せに集中できるだろうに。そんな余裕は3年経っても持てなくて。
でも、俺を思う友人の幸せを願う余裕はもう十分出来た。今度は俺が嘘をつく番なのかもしれない。
 
「あのさ東吾」
「ん?」
 
カラオケ店の前で、立ち止まる。
 
「相談があるんだよ」
「なに改まって」
「俺」
 
友人の優しさに甘えすぎていた。もうそろそろいいんじゃないかと思う。
 
「俺、好きな人が出来たんだわ」
 
愛する人を失った悲しみの中へ友人を巻き込むのはそろそろ終わりにしないとと思う。
 
「まじ?!」
「まじまじ! ま、カラオケしながらでもじっくり聞いてくれよ」
 
そう言いながら、嘘を突き通すプロットを頭の中で立てた。
来年のクリスマスは架空の彼女を連れて、東吾の恋愛を応援できればいいと思う。東吾はモテるからすぐに新しい彼女が出来るだろうし。俺さえいなければ。
 
本当は自分にも新しい彼女が出来れば一番いいんだと思う。でも、俺の中でいなくなった彼女への想いはまだ根付いていて、雪のように消えてはくれない。
 
「おっしゃ! じゃあフリータイムにしてじっくり聞いてやる!」
 と、店内へ入る東吾。
 
俺は雪を落とす空を見上げながら、今も愛してやまない彼女に思いを馳せて、その想いから目を逸らすようにカラオケ店に足を踏み入れた。
 

end - Thank you

お粗末さまでした。141220
修正日 220429
May you have a warm and joyful Christmas this year.

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©Kamikawa
Thank you...
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