ル イ ラ ン ノ キ


 激甘コーヒーの作り方



   
「咲苗さん、今日はガトーショコラを作ってみましたよ!」
 
子供のような笑顔で手作りケーキを運んできたのは、2ヶ月前に私に告白してきた3歳年下の男(といっても23歳)だ。私の彼氏、である。
  
「おいしそう!」
「ほんと?」
 
2人分のケーキをテーブルに置いて、彼は足早にキッチンへ戻ると今度はコーヒーを運んできた。彼のはミルク入りで砂糖は2杯。私のはミルク無しの、砂糖は1杯。
 
「咲苗さん、お先にどうぞ!」
 
彼は私の反応が見たいのか、いつもこうして先に食べさせる。私はフォークを握って、一口大に切ってから口に運んだ。甘いかと思ったが、ほろ苦い。それが私の口の中でとろけて心を刺激した。
 
「おいしい!」
 と、心から飛び出した言葉。
 
彼には言えなかったことがある。本当は甘いものが苦手だということ。彼は甘いものが大好きで、毎日必ず甘いものを口にしている。そんな彼が作るスイーツは時に喉が痛くなるほど甘いときがある。
はじめて彼の手作りケーキを食べたとき、甘すぎて「お砂糖入れすぎじゃない?」と言おうとしたのだけど、彼が漫画のように目をキラキラさせて見えない尻尾を振りながら私の喜ぶ顔を期待しているから言えなかったんだ。
見えない尻尾と耳を垂らしてシュンとする姿なんて見たくない。
私は彼の笑顔が大好きで、一番の癒しだから。
私の宝物でもある彼の笑顔を、崩したくはなかった。
 
「やったー!」
 
彼は安心したのか、自分も一口、口へ運んだ。私より15cm大きい子犬さん。
 
「でも……いつもと違うね。いつもはもっと甘いのに」
「咲苗さん、ずっと無理してたでしょ? 俺……ずっと気付けなくて」
 と、彼はフォークをテーブルに置いた。
 
体をこちらに向けて、両手は膝の上に置いて正座をした。だから私も思わずフォークをテーブルに置いて、彼に体を向けた。
 
「外食したとき咲苗さん甘いもの食べないし、コーヒーだっていつもブラックか砂糖1杯なのになんで気付けなかったんだろう……ごめんなさい」
 と、彼は頭を下げた。
「え、いや、私が言わなかったのが悪いんだし! みさとは悪くないよ!」
 
みさと。彼の名前だ。女の子のような名前だし、年下だし、見た目もどちらかといえば可愛い系だから、友達の紹介で知り合ったときは私の中で完全に恋愛対象外だった。
弟のような存在で、よく懐くなぁとは思っていたけれど、彼の中で私という存在が特別なものになっていたなんて、告白されるまで気が付かなかった。だから告白されたときも、「冗談でしょ?」と笑って流したんだけど、いつもヘラヘラ笑っている彼もこのときばかりは全く笑ってくれなくて、寧ろ悲しそうな目をしたから、本気なんだと察した。
 
「俺、これからは大人味も覚えていこうと思うんだ」
 と、意気込む姿は純粋な子供のよう。
「お、大人味?」
「苦いのなんてスイーツじゃないと思ってたんだけど、これからは俺が、咲苗さんに合わせてく! そう誓ったんだ」
 
なにに誓ったのか不明だけど、この子は本当にまっすぐで、汚れのない目をしてる。
彼の恋愛遍歴を聞いたときは驚いた。見事なまでに女性に騙され続けている人生だ。二股されたり、本命じゃないのに物を買わされ続けたり。お金を取られたり。馬鹿がつくほど彼は人を信じて疑わない。そして騙されたのだと気付いても、相手を責めない。
優しすぎて、どうしようもない。
私は男らしい人が好きだから、やっぱり異性として意識できないなって……思ったのに。
 
「確かに甘いものは……あんまり食べないけど、みさとが作ったスイーツは別。たまに、甘すぎるなって思うときもあるけど、苦めのコーヒーと合うし」
「咲苗さん、無理してない?」
 子犬のような目で見上げられ、母性本能をくすぐられる。
「少しだけ。でも無理してでもみさとに近づきたいの」
 
彼の頬に触れて、唇を重ねた。ほろ苦い、ガトーショコラの味。
 
彼から告白されたとき、私は彼を振った。それでも彼は諦めなかった。以前と変わらず私にべったりで、終電を逃した私を勝手に迎えに来たり、私が好きなブランドの、もう手に入らないはずの限定品を勝手に探し回ってくれたり、誕生日にはお洒落なレストランを貸し切ってくれた。
馬鹿だなって思ったのは、その場に彼はいなかったことだ。貸し切ったレストランに呼んだのは私の親しい友達ばかりで、彼はいなかった。「自分はいないほうがいいと思って」と、私が喜ぶ演出などの準備をするだけして、あとは楽しんでねと、姿を見せなかった。
その愛情に応えられなくて、もう一度きちんと断らないとと思っていた。今度は友達としての距離も置こうと思った。そんな矢先に、事件が起きた。
向こうから、ぱたりと連絡が来なくなったのだ。だからやっと諦めてくれたんだと思っていたのに、友人伝いに、彼が誰かに殴られて左目が酷く腫れあがっていると聞いた。そしてそれは私のせいだと知った。私の元彼が、彼を殴ったのだ。元彼は私に付きまとう彼が気に食わなかったらしい……。
 
「俺も。」
 みさとは短くそう言って、甘いスイーツには目もくれずに私を押し倒した。
 
あの日、共通の友人にみさとが住んでいるアパートを聞いて飛び出して行った。
途中で薬局に立ち寄って、目の腫れに効く薬や眼帯を買って、差し入れに飲み物と甘いものをコンビニで買って、彼の部屋をノックした。
そしたら中から「ハーイ。開いてるよー」なんて言うから無用心すぎて驚いた。疑うことを知らないのだろうか。
  
「お、おじゃまします……」
 
部屋に上がらせて貰い、リビングのドアを開けると眼帯をした彼が上半身裸でテレビを見ていたものだから、私の心臓は馬鹿みたいに跳ね上がって、顔を反らした。
 
「あ、あのっ、さ、差し入れを持ってきました! いきなり来てすみません! 私の元彼に殴られたらしいって友達から聞いてその……慌てて……」
 
なんで敬語なんだ?と、年下相手に動揺しすぎて余計に動揺してしまった。
あの時のことは今思い出しても恥ずかしいし、彼は彼で私が来るとは思っていなかったらしく、後々あの時は心臓がぶっ飛んだと言っていた。
弟のようで子犬のようでしかなかったのに、とっ散らかった部屋と黒を基調とした家具のレイアウト、意外にも鍛えられていた体と、寝起きのようなボサボサ頭に“異性”を感じてしまった瞬間だった。
 
そこから恋に落ちるのは早かった。落ちるというか、落とされた。なんともまぁ、単純な私。
彼は元彼の悪口を一切言わなかった。「俺のこと気に入らなかったんだろうなぁ」って困ったように笑うばかり。
 
「俺が砂糖だったら溶けてる」
 私の胸に顔を埋めながらみさとはそう言った。
「みさとが砂糖だったら私は何なの?」
「コーヒー」
「みさとが甘すぎてあまったるーいコーヒーになりそうだね」
「やっぱり苦めがいい?」
 と、私を見遣る。男の上目遣いも、悪くないかも。みさと限定で。
「もっと甘めでもいいかも」
「?!」
 
彼は力なく私の上に覆いかぶさった。
 
「重い……どうした?」
「溶けました。」
 
砂糖1杯のコーヒーに、次から次へと砂糖とミルクが注ぎ込まれる。
彼に染まりつつある私が甘党になるのも時間の問題だ。

end - Thank you

お粗末さまでした。170617
修正日 220427


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©Kamikawa
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