ル イ ラ ン ノ キ


 きみのとりこ

 
朝、眠気眼で起きてきて、頭に寝癖をつけたままぼーっとテレビを観ている君。
私がキッチンから覗き込んで「顔洗って歯を磨いて?」と言うと「ん…」と短く答えて立ち上がり、洗面所へ向かう。少し猫背でポケーッとしながら歯を磨く君。
私はその姿をちらりと盗み見てくすりと笑う。毎朝の日課だ。
キッチンに戻って朝食を作りながら、ちゃんと磨けたかなと時折洗面所に目を向ける。洗面所から出て来た君はさっぱりとした顔で「歯磨きと洗顔終わりました」といちいち報告する。
 
「よろしい」
 笑顔でOKを出すと、君は嬉しそうに笑ってリビングに戻って行った。
 
私が彼との結婚を意識したのは、同棲をしはじめてから知った彼のこの子供っぽさと素直さを見てからだ。朝は苦手だと聞いていたから不安だったけれど、彼の場合は毎朝不機嫌なわけではない。布団が恋しくて恋しくてなかなか布団から出られないのと、やっとリビングに移動しても長い間ぽけーっとしているだけなのだ。なんてかわいいの、と思ってしまった。
彼はどう思っているのかわからないけれど。
 
「朝食の用意が出来ました」
 リビングのテーブルに運ぶと、彼は目を見開いて「やった!」と喜ぶ。
 
本当に子供。でも、ちゃんと大人。
 
「いつもありがとう、アッキーさん」
 と、頭を下げる君。
「はいはい」
 
お礼はちゃんと言う。朝のゴミ出しもしてくれる。私の方が帰りが遅いときは料理下手なりに1品だけおかずを作ってくれている。私の体調が悪いときは全ての家事を引き受けてくれる。……まぁ、洗濯物は裏返しに干してしまうし、掃除も細かいところまでは見えていないようだけれど、そこはあえてなにも言わないでおく。その優しさを大切にしたいからだ。
 
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
 向かい側に座って、笑い合う。
「いただきます!」「いただきます」
 2人で手を合わせて、朝食タイム。
 
幸せ。ずっと続けば良いのにと思う。
その一方で、幸せすぎて不安になる。この幸せがいつか形を変えてしまうんじゃないかなって。
 
「アッキーさん」
「はい」
「いつまで朝食、作ってくれます?」
「ん?」
 どういう意味?と、小首を傾げた。
「期間限定でないことを祈ります」
「なにそれ」
 と、思わず笑う。
 
これって、遠まわしのプロポーズだと受け取っていいのかな。
 
「期間限定のつもりはないですよ」
「本当に?」
 と、スクランブルエッグに伸ばしていた君の箸が止まる。
「はい。無期限のつもりです」
 この言い方って重くならないかな?そんなことを一瞬思ったけれど。
「やった!」
 彼はまた、子供のように笑った。
 
期待してもいいのかな。
だけど期待して、ガッカリするのはもう嫌だ。新しい恋愛が始まるたびに、この人とは生涯を共に出来るかなと期待して、その先には別れが待っていた。
 
「じゃあアッキーさん。もう少しだけ待っててもらえますか」
「え?」
「なるべく、もっと、急ぎます」
「……なにを?」
 
 本当はわかっていて訊いてみる。
 だって、不安なんだもん。
 
「こういうやつ」
 
彼は箸を置いて、両手を貝のようにパカパカさせた。──なにそれ。
 
「パカッ! きらーん!」
「…………」
 
 指輪か。
 
「楽しみにしております」
 と、頭を下げる。
「ご期待ください」
 と、頭を下げられる。
 
これで期待外れだったらどうしてやろうかな。
 
「アッキーさんが作るスクランブルエッグは美味しい」
「スクランブルエッグなんて誰でも作れます」
「アッキーさんの愛情入りはアッキーさんにしか作れません」
「……まぁ確かに」
 
私たちは職場で出会って、先輩と後輩の関係だった。だから時折今でも敬語になるし、後輩だった彼は私をアッキーさんと呼ぶ。みんなが私のことをアッキーと呼んでいて、彼がある日飲みの席で「俺もアッキーって呼びたいです!」と叫んだものだから、その場にいた職場の全員が私たちの……というより、彼の恋を応援していた。職場公認の仲だ。
 
「アッキーさん、待っててくださいね」
「うん」
「少しだけ」
「ふふ、うん」
「ほんと、急ぎますので」
「急がなくていいよ。私は逃げないから」
 
逃げられるわけがないのだ。
 
「ほんとですか? 早く俺だけのものにしたいです」
「…………」
 
自分で言っておきながら耳まで真っ赤になっている彼を見て、
逃げたいなんて思うわけがない。
 
「とっくに君だけのものですが」
「足りないです。奥さんにしないと」
「……早く食べなさい」
「はい!」
 
今では私の方が彼の虜なのだから。
 

end - Thank you

お粗末さまでした。170313
修正日 220427

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©Kamikawa
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