ル イ ラ ン ノ キ


 バツあり女の序章

 
39歳。独身です。彼氏はなしだけれどバツはあり。
20代前半で燃え上がる恋をして、その勢いで結婚し、3年で離婚。燃え上がった恋はあっという間に鎮火。黒い煙が舞い、残ったのは灰にまみれた私です。
幸か不幸か子供はおりません。元旦那は離婚して1年後、再婚。可愛い子供に恵まれ、幸せに暮らしているようです。
 
「そして私は自分磨きに余念がなく、20代とさほど変わらない体系を維持して料理の腕も上げましたがその保った体を見てくださる殿様方はおりませんし、料理をいただいてくださる方ももちろんおりません」
「……は、はあ」
 
飯田さん。と、声を掛けられ、席を立った。私を呼び出したのは婚活パーティーの主催者、大久保さんだ。彼女も30代で化粧が濃いが、顔立ちが綺麗だからかっこよくきまっている。
 
「飯田さん、あれじゃあ男性は引きますよ」
 はっきりと言うところも好きだったりする。
「そうでしょうか。嘘はつきたくないので……」
「素直に話されるのはいいことだけれど、例えばもう少しユーモアを取り入れながら楽しくお話をしてみてはいかが?」
「え、ユーモア入れたつもりでしたのに。それに正直、無理して気を惹いても後々疲れるのは自分ですよね……」
「飯田さん、もっと相手を見て? 自分を中心に考えすぎよ」
「結婚するのは自分です。自分の幸せを考えちゃいけないのでしょうか?」
「…………」
 
夕焼けが綺麗だった。何組かのカップルが成立して、連絡先の交換をしている中で私は早々と会場を後にした。見慣れた黒い車が目の前に停車する。
 
「おつかれ」
「さんきゅ」
 
車の助手席に乗り、帰り道を走る。
 
「いい人いた?」
 運転しながらそう訊いたのは同じ職場の剛だった。
「いない。また怒られちゃった」
「だろうね」
 と、彼は笑う。
 
私は体を捻って後部座席を見遣った。本が山積みにされている。彼は本好きで、暇があると読書に時間を費やしていた。普段本など読まない私には理解できない。
 
「相変わらず好きだね、本」
「俺には本しかないから」
「…………」
「待ってる。婚活に飽きて、俺でもいいかなって思ってくれるときまで」
 
もう、一年も前になる。突然彼から呼び出され、告白された。なんで私なんかを? と思った。だって全然趣味合わないし、性格も合わないし。まぁ見た目は自分で言うのもなんだけどこの年齢のわりには頑張っているほうだとは思う。
 
「飽きないかもよ。ていうか今度こそいい人とめぐり会うかも」
「そのときは祝福するよ。俺は俺で諦めがつくし」
 
剛といても、どきどきしないんだ。告白されても、驚きはしたけれど、ときめきみたいなものはなかった。異性として見れない。人としては好きで、友達としても好きだけれど。
体を寄せ合ったり、キスをしたり……そんなイメージが全く出来ないし、むしろ想像するだけで不快感を抱いてしまう。
なんでだろうね。見た目はいいと思うんだ。それなりにモテてきたんだろうなと思うし。なのに異性として好きになれない。
 
好きになれたらいいのに。
 
「剛、カラオケ行きたい」
「え、急だね」
「嫌?」
「嫌じゃないけど、俺は歌知らないから歌えないよ」
「童謡くらい歌えるでしょ」
「童謡……」
 
ほら。合わない。私はカラオケが好き。でも彼は音楽に興味が無い。
 
「リューリップとかなら歌える」
「…………」
 
それ楽しい? カラオケ行って童謡歌うって。私がすすめたわけだけど。
 
「やっぱいいよ、歌わなくて。でも付き合って。剛は本でも読んでて」
「うーん、ごめんな」
 
今日、婚活パーティーがあるから会場まで送ってくれない? と、無神経な私がお願いしたら、「いいよ、何時?」と返って来たんだ。剛は怒らない。多分そういうところが引っかかるのかもしれない。
 
車はルートを変更し、カラオケ店へ向かう。
 
「剛は私のどこがいいの?」
「それ何回目?」
「……納得いかなくて」
「好きなもんは好きなんだよ」
「嫌いになれたら楽なのにって、思わない?」
 
その質問に、剛は黙り込んだ。
まぁ、バツはあるけれど女としてはそこそこ頑張ってきたと思う。性格まではなかなか変えられないけれど、料理の腕だって上がったし、健康だし、体系もそれなりだ。でも彼は私のことを数年前から好きだったと言った。私が女としての価値がまるっきしないときからだ。
 
「そうだな、何度もあった」
 と、剛はそう言って車を止めた。赤信号だ。
「じゃあ……嫌いにさせてあげるよ。なにすれば嫌いになる?」
「なんだそれ、言われて嫌われることやるんじゃ意味ないだろ」
 
正直、私だって辛かった。
私の悪いところを知っていて、それなのにこんなに私のことを好きになってくれる男は他にいない。好きになれたら楽なのに。でも、なれない。気持ちに答えられない。だから、さっさと私以外の女に惚れて幸せになってほしいんだ。
困るんだ。待たれても。
 
「私のことどんな女だと思ってんの?」
「んー、一生懸命で、真っ直ぐで、自分に素直で、可愛い」
「かわいい?!」
 思わず声が裏返る。この年になると可愛いなんてなかなか言われないレアな言葉だ。
「かわいいよ、お前は」
「…………」
 
──変な奴。ほんとうに。
好きなタイプなんて人それぞれだけどさ。私より若くていい女、沢山いるだろうに。
 
「どんな女が嫌いなの?」
「遊び人。流されやすい人。素直じゃない人」
 
歩道側の青信号が点滅している。
 
「剛」
 
私は彼の胸倉を掴んで、強引に引き寄せた。そして──
 
後ろからクラクションを鳴らされた。呆然としていた剛は慌てて車を発進させた。
遊び人が嫌いだというから、私は彼に、キスしてやったんだ。そういうこと、出来る女じゃないと思っていただろうから。嫌いになってくれればいいと思って。それなのに。
 
「今の、なに」
「…………」
「嫌われたくてやったの?」
「…………」
  
最悪だ。心臓が、壊れそうなくらいバクバクと脈打っている。
 
「悪いけど俺、」
「…………」
「ラッキーとしか思ってないんだけど」
 
──だめだ……。なんでこうなるんだろう。
白旗をあげるのは私のほうだった。
 
「……ごめん私やっぱ帰る」
「え? カラオケは?」
「いい。下ろして」
 
今更、どんな顔すればいいの。散々振って、興味ないとか言ってたくせに、冗談でやった子供のようなキスで自分が落ちるなんてバカみたいだ。
 
「…………」
「車止めてよ」
「ごめん怒った?」
「は?」
「いや……キスまでさせといて嫌いになれないからさ」
「…………」
 
バカだコイツ。そうじゃないのに。
 
「違う。ちょっと……興味出てきたの」
「え……?」
「本! 本に!」
 
私は子供か。39にもなって、子供のような恋愛感情が湧いてくる。恥ずかしい。
 
「なにか貸すよ」
「うん……」
 
平然と、クールに保つのもままならない。
彼は本当に待っていてくれるんだろうか。私が素直に好きだと言えるその日まで。
 
待っていてもらわないと、困るのだけど。
 
久しぶりに芽生えた恋愛感情に、手も足も出せないでいる。
39歳。独身。彼氏はなしだけれどバツはあり。
もう一度がんばってみようかなと思います。
 

end - Thank you

お粗末さまでした。150927
修正日 220427

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©Kamikawa
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