voice of mind - by ルイランノキ


 世界平和1…『スーツケースの中身』

 

   
「いらっしゃい。元気そうじゃな」
 と、モーメル宅のドアを開けたのはテトラだった。
「もうすっかり夫の気分じゃーん!」
 と、カイがすぐにモーメルとテトラの関係をひやかした。「おじゃましまーす」
「すみません……」
 ルイがカイの代わりに謝ったが、テトラは特になにも言わずに一行を快く室内に招き入れた。
 
いつもの6人掛けの大きなテーブルにモーメルが座っていた。顔をこちらに向け、「やっと来たね」と言った。視力を失った目は包帯を取っても閉じられたままだ。
 
「全員揃っています」
 と、ルイが言い、台所に目を向けた。
 人の気配がした台所から、ウペポが人数分のお茶を煎れて運んでくる。
「全員が揃うと賑やかだね」
 それぞれテーブルの席にお茶を置いた。
 
アール、カイ、シド、ヴァイスが空いている席に座った。ルイはテトラとウペポを気遣ってすぐには座らなかったが、テトラが2階から椅子を2脚運んできたので手を貸して席に座った。3対3で向かい合わせに座り、2人は追加した両サイドに腰を下ろした。
 
「あんたたちに渡したいのは、これだよ」
 と、モーメルがポケットに忍ばせておいた5人分の小さなお守りをテーブルの中央に置いた。メンバーカラーであったため、アールたちは迷わず手に取った。
「中に護符が入っている。あんたたちに命の危険が迫ったとき、強力な魔法で護ってくれる。ただし、その力を発揮するのは1度だけ」
「私も貰っていいんですか?」
 と、アール。「私、不老不治ですけど……」
 モーメルは静かに笑った。
「不老不治だからといって無敵なわけじゃない。持っておきなさい」
「ありがとうございます」
 アールが礼を言うと、他のメンバーも続けて礼を言った。
 
ルイが席を立ってモーメルの横に移動すると、折りたたんでいた歩行地図をシキンチャク袋から2枚取り出した。
 
「歩行地図です」
 と、手渡す。
「よくがんばったね。助かるよ」
 
モーメルはそれを受け取ると、椅子から立ち上がって部屋の端にある魔法円が描かれた丸い台の前へ移動した。手を貸そうとテトラがモーメルに付き添っている。
 
「私は必要ないかい?」
 と、ウペポが座ったまま声を掛けた。
「いや、地図を一つにまとめるだけだから、あんたはのんびり茶でも飲んどいておくれ」
「ゲートを開くんじゃないのかい」
「その仕事はゼンダが請け負ってくれたよ。あたしがやれることは、もう少ない」
「…………」
 
視力を失った彼女に出来ること。テトラやウペポのサポートがあっても、限られている。
アールが複雑そうに視線を落とした。ルイたちはそんなアールに気づいていたが、モーメルがいる手前、互いを気遣った気の利いた言葉は出てこない。
 
トントン、とドアをノックする音がした。
ルイがすぐに対応しようとしたが、それを止めるようにウペポが立ち上がり、玄関のドアを開けた。
 
「遅くなって申し訳ございません」
 と、訪れたのはギップスだった。
「ギップスさん!」
 と、アールとルイが声を揃えた。
「あぁ! お久しぶりです! やはりもういらしていたんですね」
 ギップスは頭を下げながらモーメル宅に足を踏み入れた。
 
ウペポが忙しそうに台所へ移動し、もう一人分のお茶を煎れる。
 
「俺たちにご用ー?」
 と、カイが訊いた。「お菓子の詰め合わせでも持って来てくれたのー?」
「万能回復薬と、最終決戦に向けてお役に立てそうなグッズをいくつか……」
 と、テーブルの上に愛用のスーツケースを置いた。
「バージョンアップしたお返事うさぎデラックスとか?」
 カイがわくわくしながらテーブルに身を乗り出した。
「お返事うさぎは製造中止になりました」
 と、スーツケースを開ける。
「なんで! 可愛かったのに!!」
「お返事うさぎの改良版、お返事にゃんこのほうが爆発的に売れまして。うさぎの方は残念ながら……」
「可哀想に……」
 と、カイが肩を落とした。
「そういえばウペポさん、シャドウは?」
 台所からお茶を運んできたウペポにアールが訊いた。
「今日は家でお留守番さ」
 と、スーツケースの横にギップスのお茶を置いた。
「ありがとうございます」
 
ギップスのスーツケースの中にはカイが喜びそうなおもちゃから防御力や攻撃力、すばさやなどを高めるアクセサリーなどが入っている。
 
ヴァイスはお茶を飲み干すと興味なさそうに二階へ上がって行った。人が多いため、一人になれる場所に移動したようだ。スーはそんなヴァイスをテーブルの上から見ていたが、ついてはいかなかった。アールたちと楽しそうにスーツケースの中を覗き込む。
シドはお茶を飲み干して席を立つと、スーツケースの中のグッズを一瞥してから外へ出た。
 
「シドさんはどちらへ……?」
 と、ギップスがルイに訊く。
「ただ外に出ただけだと思いますよ。ヴァイスさんもシドさんも騒がしいのはあまり好きではありませんので」
「そうですか」
 ギップスはスーツケースの中を埋め尽くしていたグッズをひとつひとつテーブルに取り出した。
「全部に値札がついてるー」
 と、カイはラッパのおもちゃを手に取った。値札には2,500ミルと書かれている。
「申し訳ありませんが、すべて有料です。交渉次第でお安くしますよ」
「出世払いじゃだめー?」
 お金がないカイは口を尖らせる。
「私も商売ですので……。試作品の物はお安くしておりますし、物々交換、または不要になったものを買い取りもできますので」
「前に会ったときはタダでくれたのにさぁ……」
「すみません……」
 ギップスは申し訳なさそうに最後のアクセサリーをテーブルに置いた。
「カイさん、ギップスさんを困らせないでください。僕たちは買い物へ行く時間もありませんから、こうして売りに来てくれるだけでも大変ありがたいことですよ」
「もし不要なものがございましたら、出しておいてください」
 と、ギップスはスーツケースを閉じた。「シドさんと少し話をしてきます」
「なんの話ー?」
「義手の交換部品を持って来たので」
 と、外へ出て行った。
「でもスーツケースの中、空っぽじゃなかった? 全部ここに取り出したよね?」
 と、カイはルイを見遣る。
「魔法のスーツケースなのでしょう」
「魔法ってなんでもありなとこ好き」
 アールがそう言って、ネックレスを手に取った。小さな赤いハートが付いている。
 
外に出たギップスは、玄関横に腰を下ろしていたシドに声を掛けた。
 
「シドさん。見ていただきたいものがあるのですが」
 と、片方の膝を付き、スーツケースの取っ手横にあるダイヤルを2にしてケースを開いた。
 
空っぽだったはずのスーツケースの中に、義手とそのパーツがいくつか入っている。
 
「こんなもんさっき入ってたか?」
 と、シドが部品に手を伸ばした。
「このスーツケースは1〜3のダイヤル付きで、ダイヤルを切り替えることでケース3つ分、収納できるようになっているんですよ」
「へぇ。このスーツケースが一番欲しいな」
 と、笑う。
「お高いですよ? 普通のスーツケースの3倍+魔道具維持費で結構えぐい」
「そりゃえぐいな」
 そう言って笑うシドにギップスは微笑む。
「──で? 新しい義手を俺に買えって? 終末に良い商売してんなぁ」
「あ、いえ。これは商品ではありません。私が勝手にシドさんが使われている義手を調べて同じ型の部品を作り、軽量化や耐性効果など付けてみたものです。この義手もバラバラに出来ますので、パーツだけでも変更してみてはいかがでしょうか。効果についてはこちらの……」
 と、スーツケース内部にあるポケットからそれぞれ部品の効果について記載されている紙をシドに手渡した。「紙に書いてあります」
「…………」
 シドはしばらくそれを眺めた後、ギップスを見上げた。
「金かかったろ。金取らねぇでどうすんだよ」
「……すべて無料で提供したかったのですが」
 ギップスはドア越しにアールたちに目を向けた。「モーメルさんに叱られました」
「だったら俺からも金取れよ。俺にだけ同情してんのか?」
「これは私が個人的に作ったモノなので。わかりやすく言うと、コレは私の趣味です」
「ぶはっ!」
 と、シドが笑う。「いい趣味してんなぁ。プラモデル感覚か?」
「…………」
 ギップスはよく笑うシドに微笑んだ。
 
以前会ったときは、彼がこんなにも穏やかな表情で笑うことを知らなかった。彼が「終末」と表現したように、この世界の終わりが近づいているというのに、どこか余裕を感じられた。
 
「試してみていいか?」
 と、シドはツナギの上を脱いで、半袖を肩の上までまくり上げて自分の義手を取り外した。
「もちろんです」
 そう答えながら、シドの左肩が目に入った。紫色に変色し、痛々しい。
「その義手は、体に合っていますか?」
 ギップスが訊くと、シドは途切れた左腕の付け根に視線を移した。
「ちゃんと型を取って作ってもらってる。ただ、剣士用に作られてねぇからな。この義手もまさかここまでハードに使われるとは思ってねぇだろ」
「…………」
 シドは胡坐をかいた足の上に自分の義手を置き、シキンチャク袋から専用の工具を取り出して部品を外し始めた。
「けどまぁ、十分に使えてるし、痛みは薬や泉で消える。問題ねぇよ。──あいつらには言うなよ? 気ぃ遣われんの面倒だからな」
「えぇ、わかりました」
 物わかりがいいギップスはそう言って、お尻を地面につけて座った。部品を取り換えているシドに時々目を遣る。
「不躾な質問かもしれませんが……」
 と、ずっと気になっていたことを口にする。
 

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©Kamikawa
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