voice of mind - by ルイランノキ


 未来永劫1…『続く物語』 ◆

 

   
祭儀の日。
人々は復旧作業の手を止めて、テレビの前に集まった。生きるか死ぬかの状況下ではなく、続いて行く未来の前で、固唾をのんで世界の再生(はじまり)の日を見守った。
 
緑を取り戻した死霊島は、どの番組でも「《死霊島》改め《トキ島》」と報道された。今日も薄桃色の桜が満開に咲き、大地に広がる草花がそよ風に揺れている。
 
画面は切り替わり、ゼフィール国中心部にあるマーリエ山が映し出された。標高2000メートルほどある山頂には白と薄紅色の花が一面に咲き、その一角に石レンガと大理石で作られた3段の塔が建てられている。青い空を映した泉の中心に立つ塔は全長50m、外形11mあり、地上から約31m地点から上部は二回りほど小さく造られている。そしてその中間地点の9.5mから上は4本の柱が立っており、その中心部にはエテルネルライトが陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。
 
アールが眠るのは塔の2階、地上約31m地点。2階部分の周囲は塔の上でありながら草花で覆われ、正面から見て入り口の左隣りには大きな木が一本植えられている。それらをぐるりと白いフェンスで囲んであった。
二本の柱の間を通って内部に入ると、円形に敷き詰められた白い石畳の中心の5カ所に小さなエテルネルライトが設置されている。
 
それは曙光(しょこう)の塔と名付けられ、夜明けの空にさしてくる太陽の光、物事の前途に見えはじめた明るい兆しを意味する。
 
──ここでアールが儀式を行い、世界のために眠りにつくんだ。
カイはゼフィル城の大広間に設置されたモニターの前でその様子を悲しげな表情で眺めていた。その後ろではゼフィル兵が整列している。城内はすっかり片付いて、元の落ち着きを取り戻していた。これも魔法があるからこその手早さである。
 
カイは大きく息を吸い込んで、吐き出した。何度繰り返しても胸の奥につっかえているものは取れない。
モニターに映るその場所に、次から次へと祭儀の参列者がゲートを使って姿を見せ、塔を囲む泉の周囲に整列していった。
いつからこの日の準備を進めていたんだろうかと、カイは視線を落とした。──俺たちには内緒で進められていた行事。魔法があれば塔を建てることは容易だ。でも人々は違う。なにひとつ間違う様子もなく冷静沈着に事を進めてる。たったの1日や2日で仕込めるとは思えない。
この日のために用意したと思われる真新しい純白の衣装を皆がまとい、楽器を持った音楽隊も塔の前にずらりと並ぶ。その隣には聖歌隊まで。盛大に盛り上げるための準備は淡々と順序よく進んでいった。
 
総勢約3000人ほどが塔の周りに集まった。全員、必要なわけ?とカイは苦笑する。それなら自分だって行きたかったと一瞬思うも、行ったところで祭儀の邪魔をすることしかできないと思いとどまる。それが決心を固めたアールにとって良いことなのか悪いことなのかもわからない。自分に彼女をこの運命から救い出す力なんかない。国王に歯向かったルイでさえ、救い出せなかったのだから。
 
「…………」
 
アールは今なにを思っているんだろう。アールの声が聞きたいと思った。せめて祭儀の前に、会いに来てくれたらよかったのに……。
 
午前7時。
曙光の塔の正面、重厚で大きな扉へと続く桁橋が映し出された。
音楽隊がホルンやトランペット、フルートやバイオリンを手に、平和を象徴する軽やかで穏やかな曲を奏で、祭儀の始まりを告げた。
音が止むと、ゼンダ国王が桁橋を渡る。その後ろを王妃と王女が続く。そして、カイは画面に食い入った。無地の白いワンピースを纏ったアールが最後尾を歩いている。小柄なアール。世界を背負うにはやっぱり小さく見えた。
桁橋を渡り終えると一度整列して正面に待機していたカメラに向かって一礼をした。それを合図に音楽隊が次の曲を奏ではじめる。
王妃と王女によって塔に入る両開きの扉が開かれ、はじめにそれをくぐったのはアールだ。その後をゼンダ国王がついて行く。その後すぐに扉は閉じられた。扉の前で王妃と王女が門番のように立ち、背筋を伸ばして正面を見据えた。
映像は塔の2階を映す。塔内の階段を上がったと思われるアールとゼンダが2階の裏手から姿を現わした。正面に立ち、フェンスのすぐ手前まで進み出る。ゼンダはアールの右後ろにその身を置いていた。
 
モニターに映し出されたアールに、世界の人々は口を閉ざして耳を澄ませた。善か悪か、人によって彼女が何者であるか明確にない中で、彼女が最後に残す言葉は何か、誰もが注目をしていた。
 
少し冷やりとした冷たい風が、ほどいていたアールの髪を靡かせた。さらさらと草木の音がする。心地のいい音だった。
アールはドクドクと心臓が脈打っているのを感じた。小刻みに体が震えている。どうか、画面越しには伝わりませんようにと願う。
 
祭儀の手順は事前に聞いていた。術に入る前に、世界の人々へ、私からなにか言葉を伝えてほしいと言われていたが、結局朝まで思いつかなかった。元々こういう、大勢の前で自分の考えを発表するのは苦手だった。沈黙が長引くほど、追い詰められていく。
 
「お前の言葉で、お前らしく、好きなことを言えばいい」
 と、ゼンダがアールにだけ聞こえる小さな声で言った。
 
アールは振り返ってゼンダを見遣り、小さく頷いた。
前を向き直し、ここから見える景色を眺める。ずっとずっと遠くまで続いている世界。大地に果てはあるけれど、人々の未来は果て無く続いて行く。
アールは深呼吸をして、静かに口を開いた。
 
「みなさんは明日、明後日、なにをしますか?」
 
その意外な問いかけに、世界の人々はテレビ画面の前で首を傾げた。
 
「むかし、野良猫が出て来る絵本を読んだことがあります。大富豪の一人息子がその野良猫を拾って帰るんですけど、汚いから捨ててこいと親に言われるんです。
結局、猫は捨てられてしまい、野良猫として生涯を終えます。
私は子供の時にその絵本を読んでショックを受けました。それまでめでたしめでたしの温かいお話ばかり読んでいたから、猫が捨てられて汚い路地裏で残飯を漁って、泥水を飲んで、時に人から水をかけられ追い払われながら死んでいくその物語が、本当に悲しくて。
だけど、その猫は、その命が尽きるまで懸命に生きました。痩せ細って動けなくなっても、最期までご飯と水を求めて、生きることを諦めなかった。
それが生きるということだと思うんです。
人間は自ら命を絶つという逃げ道を作れるけれど、動物はそれが出来ません。どんなに苦しくても、どんなに辛くても、飢えと戦いながら生きるしかない。人間に捕らえられて酷い目に遭わされている動物でさえも、されるがままで死に逃げることはできません」
 
アールは一息ついて、再び口を開いた。
 
「私たちに逃げ道はあります。でも、逃げても逃げた先でまた同じ問題に躓きます。例えばこの世界を途中放棄して生まれ変わったとしても、この世界に絶望して別世界に夢を見て、別世界へ転生できたとしても、プレイヤーが未熟な自分である限り、またその世界でも上手に生きられなくて絶望する。妄想と現実は違う。現実は、そんな甘いものじゃないと、私は学びました」
 
それはデリックさんから聞いた話。未熟な魂はどこへ行っても未熟なまま。
だから私はこの世界で、自分に与えられた運命を全うすることを選んだ。大好きな人を守るため、自分を愛するために。
 
「人生は、なかなか理想通りに、計画通りにいかないことばかりですね。多くの可能性を考えていても、思いもよらないことが起きたりする。そのとき人は、冷静さを失います。
そして単調な日々も、身の回りにあるものがあたりまえに思えて、大切なものであることを見失う。
今なら、もっと大事に過ごせるし、あの時もっとこうしていればよかったと、最善の選択に気づけるのに……人の感情は、時に自分の行動を狂わせてしまう」
 
向こうの世界にいた頃はめんどくさがり屋でだらしがなくて、こっちの世界に来てからはジタバタと不器用にもがいて泣いてばかりで。もう一度やり直せるなら、今度はもっと上手く立ちまわれる気がするけれど、ゲームのように経験値をそのままにリセットはできない。
 
「現実を生きるのはとても難しいですね。なかなか上手に生きられないけれど……弱音を吐いても、かっこ悪くもがきながらも、必死に生き抜いている自分には胸を張っていいのかもしれません」
 
次の時代へ、そのまた次の時代へ受け継いでいく物語にしては綺麗なシナリオではなかったかもしれないけれど、きっとこの物語はここで終わりじゃなく、この後を生きていくみんなが紡いでいくものだろう。
 
「みんなは明日、なにをしますか? 明日、誰かと会いますか? まだ果たせていない約束はありますか? あなたに明日はありますか? 私に明日があるならば、旅を共にした仲間と肩を並べて花火を見て、花火をバックに写真を撮って、みんなでお好み焼きという料理を作ります。……でも、その明日は私には来ません。もう、会うことができない仲間がいるし、私は長い眠りにつくからです」
 
ゼフィル城の大広間で、カイはアールの言葉に耳を傾けながら仲間のことを思い浮かべていた。旅の途中で誰かが欠けても、気が付けばまたみんなで肩を並べていた。でも今回ばかりは違う。ここにいるのは俺ひとり。隣には誰もいない。もう二度と、全員が揃うことはない。
 
「命を落とした者への祈りを捧げることも大切だけれど、今、生きている人たちにも命に限りはあります。それは今日かもしれないし、明日かもしれない。あたりまえと思わず、今を生きる仲間たちに目を向けて、助け合い、命が続く限り、どんなに不様でも、自分らしく、懸命に生きてください。そして、誰かが苦しんでいたら、そっと手を差し伸べてください。寄り添ってあげてください。あなたに誰かを救う余裕があるときだけでいいんです。身近にいる人にだけでいいんです。あなたが手を貸せる相手に手を差し伸べてください。手を振り払われても、手を差し伸べた自分のことは、誇りに思ってください。
そしてあなたが苦しいときは、誰かを救うのをやめてください。一緒に溺れてしまわないように。あなたに出来ること、あなたにしか出来ないことは、その都度変わっていきます。今自分にできることを積み重ねていけば、その先に、理想の自分と、理想の世界が待っていると私は信じています」
 
カイは生きることの辛さを戦いが終わった今、一番感じていた。世界は救われたというのに、平和が訪れたというのに、心は晴れないまま。──こういう物語は俺も好きじゃない。と、画面越しにアールを眺めた。いつも隣にいたはずなのに、急に遠くに感じる。
 
「私は星の一部となって、いつも見守っています。そして忘れてはいけないのが、もう一人、必ずあなたの行いを見ている人がいるということです。それは、あなた自身です。何度間違えても、何度失敗しても、その都度スタートラインを引き直して、またそこから自分に恥じない生き方を選んでいれば、あなたの人生は少しずつ輝いていき、そしてあなたの周りも輝いて、その輝きはいずれ世界を照らしてくれるでしょう」
 
アールは少し、自分らしくない言い方に照れ笑いをした。
 
「もしもどうしようもなくあなたを苦しめ続ける攻撃的な感情が心を支配するのならば、どうかその矛先を私に向けてください。私がすべての苦しみに耳を傾け、受け止め、闇を灯す光に変えて、世界への平和を祈り続けます」
 
アールは一歩下がると、大きく息を吸い込んで、ふぅと吐き出した。
 
「みんなの明日が、続いて行きますように」
 と、笑顔を向ける。「それでは、また明日。同じ太陽と月の下で」
 

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