企画 | ナノ
「…何考えてるんですか?」
「ひ…っ」
背後から声がかかる。唇が耳朶に触れるほど近く、なまえは思わず体をびくつかせた。ぴったりと密着した「彼女」が、愉しそうに愉しそうに笑う。
「んふ、なまえって、本当に可愛い!」
「…っは、はなして、くださ…」
「えー。やです!」
駄々をこねる子どものような声。
なまえの言葉に反抗してか、腹部に回された腕に力が込められて、きゅっと締められた。
まるで人形のようだ。
いや――実際に、人形と同じなのだろう、と思う。
ただの人間でしかない自分など、人形でしかないのだ。彼女たちに、とっては。
「ああ、ほら…なまえが泣いちゃうだろ。甘楽」
くつくつと喉を鳴らして笑いながら、なまえの前に座る男が言った。黒いコートに身を包み、恐ろしいほど整った顔を此方に向けている。薄暗い室内で、赤い瞳だけが鋭く輝いた。
背後の彼女―甘楽が、声を出さずに笑った気がした。
「私、なまえの泣き顔も好きですよう?臨也だって、好きなくせに」
「まあね」
くすくすくす。二人の笑い声に挟まれて、なまえは為す術も無く震えている。
臨也と甘楽。良く似た二人の吸血鬼に魅入られた少女は、逃げ出す方法も分からずに。
「……なまえ」
「ひあっ!?」
する、と不意に冷たい指が首筋を撫でた。ほとんど悲鳴のような声を上げて、びくん、と肩が跳ねる。
条件反射だった。首筋を撫でるのは――甘楽が「食事」の前に決まってする行為だからだ。
毒をたっぷりと含んだ、滴るように甘い甘楽の声と、言葉。
「おなか、空いちゃいました」
―――「ちょうだい」?
「………!!」
指と同じように冷たい唇が首筋に押し付けられて、皮膚を尖った牙が擦る。
何度経験しても、吸血の瞬間が怖くてたまらない。いくら二人が「殺さない」と言ったところで、力の差は歴然だ。このまま首筋を貫いた牙が、自分の命を残らず奪ってしまうのではないかと、考えずにいられないのだ。
来るべき痛みに耐えるために、強く目を瞑り――
「―――っ、…………………?」
薄く、目を開ける。どれだけ待っても、甘楽の「食事」が始まる気配が無かった。
「…甘楽?」
「…あはっ。……ね、臨也。一気にいっちゃいません?」
「ふうん……何だよ、急に」
「えー?別にー、甘楽ちゃんの気紛れですよう?それに…一気になら、なまえも早く堕ちてくれるかなあって思って!」
「クハッ……ああ、確かにそうだ」
「……ぇ…え…っ?」
臨也がゆらりと立ち上がる。状況についていけず、それでも何か不吉なことが起きる予感がして、小さな声が漏れた。
そのまま訳も分からずに臨也の動向を眺めていたが――目の前に膝をついた臨也が反対側の首筋に唇を寄せた時点で、何が行われようとしているのか嫌でも気付いた。
―――ふたり、同時に…っ、
「………や…!いやあっ!」
「こら。大人しくしなよ」
「んふふー。知らないと思ってました?…なまえ、最近、噛まれる時すっ…ごくきもちいいんでしょう?」
「……!!」
血の気が引いた。臨也を押し退けようとした腕は簡単に掴まれてしまって、もう身動きすらままならない。
吸血の際の快感。なまえが本当に恐れていたのは、この事だった。
傷口から疼いて全身に拡がる熱。血を吸われる度に熱は強く深く拡がっていく。
いつかこの感覚を、「きもちいい」と思ってしまう気がして。
自分が自分で無くなってしまう気がして。
それがなまえは何よりも、恐ろしかったのだ。
それなのに。
「ぁ…あ、やっ、まって…っ!むり、無理です、おかしく、なっちゃ…!」
両の首筋に宛てられる、柔らかい唇。恐怖がますます体の自由を奪う。耐えられない。こんなの、絶対、耐えられない――!
くつり。臨也が低く、笑った。
「……いいよ。狂って」
「――――!!」
薄い皮膚を容易く貫いて牙が潜り込む。痛みはほんの一瞬だった。次の瞬間には狂おしいほどの熱が、なまえの体を蹂躙する。
「……ひぁ……あ、あっ…」
――だめ!だめ…!
視界があっという間に滲んだ。奇妙に熱い涙がぼろぼろと頬を、首を伝って流れていく。恐怖ばかりが溢れていた頭の中が、削られて、熔けて、熱に侵食される。
――やめて!…やめて…っ!
「……っ、ん、…」
震える体から、ゆっくりと、力が抜けて。
――…だ、め…ぇ……っ
「…ごちそうさまでした」
誰にとも無く呟いて、甘楽は牙を抜いた。
くたりと力の抜けたなまえ。伏せた睫毛の奥の瞳が潤んで、光が失われている。どうやら、うまくいったようだ。
「なまえ。きもちよかったですか?」
「………ん…、…きもち、い…」
「よしよし、いい子だね」
吸血の際の快感は、定期的に与えると、獲物から抵抗する気を奪う効果を生む。
吸血鬼を自ら受け入れて、従うようになる――まるで、「恋」でもしたかのように。
――これでなまえは、ずうっと私たちのもの!
「えへへー。やったあっ!」
「本当、お前の執着にはびっくりだよ」
「臨也に言われたくありませんよう。ね、ね、なまえ!私のこと、好き?」
訊ねられた少女は口を開く。
――彼女が望む答えを、返すために。
(一緒に朽ちよう?)
100000ヒットリクエスト企画
さとさまリクエスト「吸血鬼の臨也と甘楽に攻められる」