小説 | ナノ
天使である彼女を組み伏せることなんて容易い。
だって、疑うことを知らないのだから。
驚き見開かれた彼女の澄んだ目を見つめ返して、にこりと微笑んだ。
「い、イーノック、さ……?」
うつ伏せの状態で、小さくなまえが呟く。困惑。
いつからだろう。自分の目に、彼女しか映らなくなったのは。
人間を救うことすら忘れそうになるほど、焦がれるようになったのは。
「どうしたんですか?た…体調でも、悪いのですか…?」
「…ああ、悪いかも、しれない…」
「、ひっ、」
微笑む顔は、いつも通りのイーノックだ。それなのに。
何か、違う。
底冷えのする感覚に、なまえが背を震わせた。
「………なまえ、」
イーノックの中でどろり、と何かが蠢く。誰にも言わないで溜め込んだ、澱んだ黒い感情。
―耐えなければ。
何故?
―口に出しては。
何故?
―彼女と私は、違う。
何処が?
―私は…
離せば、また何処かへ行ってしまうぞ?
―嫌、だ、
捕まえてしまえ。何処にも行けないように。
―ああ、そうか。そうすれば。
「……っ!?」
白い羽根に手が伸び、なまえの血の気が引いた。
どうして彼は、笑っているのだろう?
「………!!や、うそ、うそ…!」
「すまない、直ぐ終わる」
「いや、いやあっ…!どうして、い、のっく、さん…!」
抵抗など些細なものだ。
ぎ、と羽根を掴む手に力を入れる。みちり。
――ああ、これで、彼女は―
怯える瞳に映った自分は、驚くほど静かな笑みを浮かべていた。
「―――――――!!!」
羽根を折られる痛みになまえの体がびくっ、と一回大きく震えて、それからかくりと力が抜けた。
初めからこうすれば良かったのだ。欲しければ、捕まえてしまえば。愛しい彼女の髪をそっと撫でる。
その感触に目を細め、イーノックはもう片方の羽根に手を伸ばした。