小説 | ナノ



「逃げる気かよ?」
「…!!」


息を呑む音が聞こえた。階段の前で硬直した影に、ドーラクはゆっくりと近付いていく。
声を掛けた相手は、幹部の一人の「なまえ」だった。


この水族館では逃げることは赦されない。ドーラク含め、全ての魚達は「伊佐奈によって」生かされているのだ。働かなければ用無しとみなされ、喰われるまで。
この巨大な「水槽」で、魚は互いに喰い合いながら命を削っている。

「ギシギシ、図星?」
「………!」

顔色を失ったなまえを追い詰める。もう逃げられないだろう。ドーラクが一言伊佐奈に告げるだけで、恐らくなまえの命は消える。
鋭い爪が、細い首に掛かった。

「…や…」
「どうする?このまま逃げるか?そしたら館長に言ってやるよ。おまえのこの首、ハネられちまうぜ」

ドーラクは笑う。今、なまえに与えられた道はたったひとつだった。

――沈んでこい。

逃げられないこの水槽で、なまえだけが未だに足掻いていた。伊佐奈に従ってはいるが、他の幹部とは違い部下を切り捨てることを拒んだ。仲間だから、と。

馬鹿馬鹿しいことだ。こんなところで正気を保って一体何の特になるというのだろう。ひたすら抗い、守り続けるのは、ただの奴隷に成り下がるよりも困難な筈だ。
諦めて、狂って、他の奴らを蹴落として喰い荒らしながら過ごすのが、ここでは何よりも楽なのだ。

そう思ったから、ドーラクは抵抗を止めた。
しかし。

「いい加減楽になれや。もう解ってるんだろ?」
「ぃ…や……っ…」
「…ここで狂ってねえのは、おまえだけだ」
「――は…はあっ…!」

「仕方なく」選んだ道だった筈なのに――いつの間にか、喰い荒らすことが愉しくなっていた。
苦しそうにへたり込んだなまえの瞳が光を失っていく。

「ギシッ…」

「仲間だから」。なまえの言葉を思い出して、ドーラクは笑い声を上げた。


「――俺、そういうのよくわかんねえや」


諦めろ。楽になれよ。
「仲間」なら一緒に沈もうぜ、なあ?



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